きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

情報という「核兵器」が拡散する時代に生まれた『ウィキリークス』

<「北村肇の多角多面」10>

「『ウィキリークス』は神ですか? 悪魔ですか?」と、よく聞かれる。巨大権力が隠蔽する事実の暴露。これはまさにジャーナリスト最大の任務であり、その点からみれば躊躇なく「神」と答えるべきだ。だが、どこか心に引っかかるものがあり、なかなかすっきりしないのが偽らざるところだ。

 自分の中で確信を持てない理由は、創設者、ジュリアン・アサンジ氏の「目的」が判然としないからだ。ジャーナリストはなぜ、隠された情報を明るみに出そうと必死の努力をするのか。それは「社会をいい方向に一歩でも動かす」という目的のためだ。隠蔽された事実を取材によって暴き公表する行為は、あくまでも「手段」である。

 告白すれば、新聞記者時代、手段が目的化したことがある。誰も知らない情報をつかみとり記事化する、そのこと自体が喜びであり、エキサイティングであり、目的だった。紙面化がもたらす結果は二の次、三の次だった。若気の至りとはいえ、ジャーナリズムの本道を忘れていたころを振り返ると、いまも嫌な汗がにじんでくる。

 アサンジ氏の発言をみる限り、一連の行為には「正義」が強調されている。そこに曇りがなければ、彼は超一流のジャーナリストである。しかし、情報入手とその公開自体が目的なら、評価を変えざるをえない。正直、現時点では、どちらなのか判断がつきかねる。

 いずれにしても、国家権力によるアサンジ氏への弾圧には、断固として反対する。各国政府の彼に対する圧力に同調することは、ジャーナリズムの存在基盤を揺るがしかねない。報道に携わる人間は、いかなる手段を使おうと隠蔽された情報を暴く――それが大原則だからだ。

 米国の元国防次官補、ジョセフ・ナイ氏が「核兵器の時代は終わった。これからは情報核時代になる」と予言したのは何年前だったか。米国は、情報が世界を支配する最大の「力」になることを予想し次々と手を打った。エシュロン(通信傍受システム)しかり、インターネットしかり。それらが米国を一層、覇権国家へと押し上げたのは間違いない。だが、巨大国家は、たった一人の若者に足をすくわれた。

 21世紀はそういう時代なのだ。仮にアサンジ氏を拘束しても、第2第3のアサンジ氏が生まれるだろう。いかなる権力といえども、もはや情報の独占は不可能だ。国家権力の立場から見れば、「情報核の拡散」時代に入ったのである。(2010/12/10)