バイオテクノロジーの暴走
2012年8月2日12:54PM|カテゴリー:多角多面(発行人コラム)|北村 肇
<北村肇の「多角多面」(88)>
あなたのペットを蘇らせます。クローン技術でうり二つのイヌやネコを誕生させます。米国で、そんなふれこみの商売が立ち上がった。お値段は数百万円! ところが、三毛猫のクローンは三毛猫にはならなかった。生命の連関は遺伝子だけで行なわれるわけではない。環境要因が大きいのだ。
上記の話しは『暴走するバイオテクノロジー』(天笠啓祐著、金曜日刊)に紹介されたものだ。同書にはこのほかにも、驚くべき事実がいくつも書かれている。特に衝撃的なのは、米国の研究所が合成生命を誕生させた話しだ(『週刊金曜日』本誌でも掲載)。その延長線上には「サイボーグ人間」がある。
この研究を受け、米国国防高等研究計画局は2011年度の予算に600万ドルをかけ「バイオデザイン」に取り組む方針を明らかにした。狙いは「目的通りの動物の開発」だ。国防にからむのだから、軍事目的であるのは間違いない。「生物兵器」から「サイボーグ兵士」まで、さまざまなことが考えられる。
バイオテクノロジーといえば「夢の技術」の代名詞だった。遺伝子操作により、いつでも大量にとれる食物が生まれる、あらゆる病気の治療が可能になる、不老不死に近付けるなどなど。しかし現実には、遺伝子治療は思うように進まず、遺伝子組み換え(GM)食物は多くの問題を抱えることが明らかになるなど、バラ色は少しずつ変色している。
そんな中で、ES細胞、ips細胞の登場で再び「生命操作」が脚光を浴びている。だが、実用化への具体的な目途が立っているわけではない。冒頭の三毛猫のように、思いもつかないことが起こるのが生命の不思議さである。所詮、人間は「神」にはなれないのだ。
同書ではスポーツ選手の遺伝子データバンクについても触れている。ドーピング検査で遺伝子検査が進めば進むほど、生まれつきスポーツに向くか向かないかがわかるようになり、国家が「スーパー・アスリート」を育成することが可能になるというのだ。そのうち、オリンピックはこうした選手同士の競い合いになり、ますます、国力のある国の独壇場になるだろう。米国国防高等研究計画局の計画もそうだが、歪んだナショナリズムに科学が悪利用される危険性も忘れてはならない。
人間は「神」にはなれない。しかし、「神」を偽造したり、「神」を装うことはできる。そのための道具に成り下がったとき、科学は人類を滅ぼす。(2012/8/3)