◆福島原発事故の「風化」がもたらすもの◆
2013年5月29日1:43PM|カテゴリー:多角多面(発行人コラム)|北村 肇
〈北村肇の「多角多面」(127〉
「山形一おいしい」といわれるそばをいただきながら、2年前を思い出していた。本誌山形読者会・辻春男さんの依頼で出前講演会に伺ったのは福島原発事故から約3カ月の2011年6月。辻さんが店主の手打ちそば「羽前屋」で「ここ(山形)の汚染はまだ厳しい状態ではない」と話した。風向きなどを考えてのことだった。「ただし、これからは安心できない」と付け加えた記憶が蘇る。
そして2013年5月20日。2度目の出前講演会で「原発と経済」をテーマにお話ししたその日、山形県は「山菜の放射性物質検査態勢の見直し」を発表した。同県最上町の山菜コシアブラから、国の基準値を超える放射性物質セシウムが検出されたことをうけての対策だ。検査対象をこれまでの10種類からコシアブラなどを加えた18種類に拡大するという。収束どころかむしろ被害は拡大している、そのことを裏付ける一例だ。
講演会には福島県南相馬市から山形県に避難しているご夫妻も来られた。
「毎日、その日を生きるだけの暮らしをしている」「まるでイヌのようだ」「(国も東電も)賠償をずるずると引き延ばし(被災者が)あきらめるのを待っているようにしか見えない」
笑顔を交えつつ、しかしその発言は激烈だった。
報道によれば、吉村美栄子山形県知事は同日の会見で「最上町への風評被害が心配」と語った。風評被害を否定はしない。だが、いま最も考えるべきは、「風評被害」より「風化の危険」ではないか。
安倍晋三首相はトップセールスで原発輸出を推進すると意気込む。5月3日には、三菱重工業などの企業連合がトルコの原発事業の優先交渉権を獲得した。インドとも原子力協定締結交渉を再開するという。
経済産業省は、新たなエネルギー基本計画を検討する総合資源エネルギー調査会の総合部会で「2030年までに世界の原発が90~370基程度増える」との見通しを示した。原発輸出へのあからさまな道ならしである。
政府や東電は福島原発事故を「過去のこと」にしようと必死になっているようにみえる。「風化」は被災者を見殺しにし、「日本」を悪魔の国へと貶める。(2013/5/31)