面会記(2)
2008年10月3日8:00PM|カテゴリー:シジフォスの希望|Kataoka
シジフォスの希望(13)
「差し入れはあっちです」
大阪拘置所の面会所受付で「面会申込書」に記入し窓口に出すと、同行のKさんは長方形をしている面会所内の反対側にある差し入れ窓口を示した。
「差入願せん(書籍)」という申込書に記入する。
願せんとは「願箋」と書く。これに記入して、差し入れをお願いするのだという。お願いする相手は「大阪拘置所置物品取扱主任官殿」とプリントされている。こちらが氏名を書いて「お願い」するのだから、「主任官殿」もせめて氏名を明示してほしい。江戸時代のお代官様への嘆願書のようではないか。
大阪拘置所では2年前に、「主任官殿」が逮捕される事件が起きている。拘置中の暴力団組長の処遇に便宜を図った見返りに金品を受け取ったとして、当時37歳の刑務官が収賄容疑で逮捕されたのだ。
当時の報道によると、「主任看守」であった刑務官は、拘置中の暴力団組長から、監視カメラのある部屋からカメラのない部屋に移してくれるよう依頼を受けて部屋替えをし、その見返りとして家族4人での東京ディズニーランドや熱海温泉への旅行代金21万9000円を支払わせたり、乗用車1台を譲り受けたりしていたという。この刑務官はまた、内規に反して、担当者を通さずに知人の女性を暴力団組長に面会させていたという。
そんなのありか!という事件なのだが、まあ、とにかく「主任官殿」にお願いして、持参した『週刊金曜日』を差し入れる。しかし、書籍の差し入れには量的な制限があって「3冊まで」と決められているという。
「なぜでしょうかね」と、Kさんは首をかしげる。
独房内に置くことのできる書籍・雑誌は3冊までで、新しい書籍が差し入れられると、古いものは外に出さなくてはならないという。
面会所内の中ほどには「売店」もあり、日用品などの差し入れはここで申し込む。勝手にコンビニなどで購入したものを持ち込むわけにはいかないのだ。
さきほどまでポツリポツリだった雨がどしゃ降りに。ザーッという音とともに激しい雨が降ってきた。
やがて「受付番号47番、48番の方、11号面会室にお入りください」のアナウンス。時計を見ると、午前9時33分。
面会室入り口に足を踏み入れると、廊下の左側に面会室のドアが並ぶ。一番奥の1号室から手前の15号室まで。右側は格子状のブロック壁の間から光が差し込む造りだ。
11号室に入ると、極めて狭いスペースの中に折りたたみ椅子2脚が置かれている。目の前に空間を遮るガラス。ドアから中央のガラスまでの距離は1メートル余りだ。そのガラスの向かって右側に収容者本人の座るスペース、左側にはすでに立会い職員が座っている。まもなくガラスの向こう側のドアが開き、女性刑務官に押された車椅子が現れた。座っているのは林眞須美被告人だ。
「はじめまして。よろしくお願いします」
やや緊張気味に頭をぴょこんと下げた。
車椅子に座っているのは、腰痛のためだという。表情を見ると健康そうだが、わずか3畳ほどの、蓋なしトイレがあるだけの独房で、24時間監視カメラつきで長期間拘禁されていれば、誰でも心身は深刻な状況(拘禁症状)に陥る。
それから私たちは、限られた時間を気にしながらさまざまな話をした。当然ながら、保険金詐取事件やカレー事件についても話題にした。
通常の面会時間は10分間というが、事前に収容者から延長届けを出してあったため、5分ほどの延長が認められる。
やがて延長時間も過ぎようとしていた。
帰り際、林眞須美被告人は言った。
「コルセット作りたいの」
腰痛がひどいため、夫である林健治さんに伝えてほしいということだろう。
ドアが開き、女性刑務官が車椅子を室外へ出した。ドアが閉まり切るまで、林眞須美被告人はずっとこちらを見て手を振っていた。
面会室を出て時間を見ると9時52分。実質的な面会時間は17分ほどあった。
面会待合所から外へ出ると、雨はほとんど上がっていた。私たちは拘置所を出て、50メートルほど歩いたところにある2軒の「差し入れ屋」のうちの1軒に入った。Kさんはそこでお菓子などを購入し、林眞須美被告人への差し入れを依頼した。そこの店主さんの話。
「あの子は頑張っているみたいね。差し入れ、増えてるよ」
収容者への差し入れがさまざまな依頼者から増えているということは、それだけ支援の輪が広がっていることの一つのバロメーターになるのだろう。店主さんの話はそうした実感に基づいているようだ。そんなことを考えながら、私は大阪拘置所を後にした。
なお、面会の内容についてはここでは触れない。その一端が10月10日号の『週刊金曜日』に掲載される。(片岡伸行)
(了)