新聞記者の本
2008年2月8日9:00AM|カテゴリー:風に吹かれて|伊田浩之
2月8日号の「編集部から」(編集後記)で触れたように、知人の娘さんが来年春から地方紙の記者になるという。そこで何冊かお勧めの本をお貸しした。編集後記では、紙幅の都合上、本の具体的な紹介ができなかったので、ここに掲載する。
せっかく貸すのだからと、最近では手に入りにくい本を選んだ。転職するずっと前、私が駆け出しの新聞記者だったころに熟読した本だ。いずれも、大先輩の新聞記者が自らの仕事について熱く語っている。
まずは、故・斎藤茂男さんの『事実が私を鍛える いまジャーナリストであること』(太郎次郎社、1981年)。斎藤さんは共同通信社社会部のスター記者で、この本を出したときは50代前半。〈同業の、それも私などよりもはるかに若く、イキのよい記者たち〉を想定して書いたものが多く集められ、あとがきでこう問いかける。
〈われわれは戦後いつごろから、安定多数派に身を寄せていないと安心できない人間になったのか〉〈臆病なわれわれ羊たちに、これからしだいに正念場が迫ってきそうな気配が濃い〉〈こういう時代にこそ、ジャーナリストであろうとする者は目の高さをできるだけ下へさげ、疎外されやすい側の立場から世の中を見ていないと、いつか自分も状況を見失ってしまうぞ――と私は自分に言い聞かせているのである。人々が生きる荒涼とした現場の風に曝されながら、なんとかしてほんとうのことを書きたい、書き続けたい、そう切に思うのだ〉
斎藤さんには優れたルポが多い。まとまった作品としては『斎藤茂男取材ノート』(全6巻、築地書館、1989~92年)がずぬけて面白い。第1巻は、近年多くの本がでたことで再度話題になっている「下山事件」がテーマだ。
『ドキュメント新聞記者 三菱銀行の42時間』(読売新聞大阪社会部著、角川文庫、1984年)は一気に読んだ。故・黒田清さん率いる「黒田軍団」の奮闘ぶりが描かれる。題材は、1979年1月26日、大阪・三菱銀行北畠支店で起きた猟銃立て籠もり事件の発生から解決までの42時間。黒田さんは後書きで〈あの事件のなかで百人もの新聞記者がどのように「興奮」し、どのように「緊張」したかを見ることによって、新聞記者の仕事とは一体何なのかを探ろうとしたのがこの本である〉と書いた。事件記者の活躍が活写されている。80年に講談社から単行本として出た本だが、角川文庫版のほうが探しやすいはずだ。
角川文庫からは『ある中学生の死』など、読売新聞大阪社会部の本が数多く出ている。いずれも面白い。
『職業としてのジャーナリスト』(本多勝一著、朝日文庫、1984年)も欠かせない。特に「地域新聞と地域体制の関係」で分析した〈新聞の勇気とは何か〉という問いかけは、地方紙記者だけでなく、全国紙記者にとっても重要な指摘だ。
本多さんは、初期の「極限の民族」3部作や、ベトナム戦争のルポ、日中戦争の聞き書きなどで知られているが、ジャーナリズムについての著作も多い。『ルポルタージュの方法』『日本語の作文技術』(いずれも朝日文庫)など実践的ですぐに役立つ。
最後に『新聞記者の仕事とは 支局襲撃事件の衝撃』(岩波書店編集部編、岩波ブックレットN0.92、1987年)を選んだ。日本国憲法施行40周年の1987年5月3日、朝日新聞阪神支局が襲撃され、目出し帽をかぶった犯人が発射した2発の散弾により、2人の記者が殺傷された。亡くなった小尻知博記者は当時29歳。いまから考えると、確かにこの事件が一つの転機になったような気がしてならない。関連する著作は少なくないが、緊急に編まれたのであろうこの小冊子が事件直後の雰囲気を良く伝えている。
本を選びながら考えたことは多い。この話をもう少し続ける。