美しく制御された判決文(下)
2008年12月26日3:19PM|カテゴリー:シジフォスの希望|Kataoka
シジフォスの希望(21)
自衛隊のイラク派兵を憲法9条違反と断じた名古屋高裁の判決文(08年4月18日)では、憲法9条についての政府解釈(1980年の政府答弁、91年の政府答弁、97年の大森内閣法制局長官の答弁など)とイラク特措法との関わりを詳細かつ明確に検討した上で、結論部分でこう述べる。
「現在イラクにおいて行われている航空自衛隊の空輸活動は、政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲とした場合であっても、武力行使を禁止したイラク特措法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる」
また、「平和的生存権は、憲法上の法的な権利として認められるべきである」と位置づけた上で、「憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には…(中略)…救済を求めることができる」とした。
さらに、判決文全26ページ中の最終盤、25ページ後段にこのような記述がある。
「控訴人らは、それぞれの重い人生や経験等に裏打ちされた強い平和への信念や信条を有しているものであり、憲法9条違反を含む本件派遣によって強い精神的苦痛を被ったとして、本件損害賠償請求を提起しているものと認められ、そこに込められた切実な思いには、平和憲法下の日本国民として共感すべき部分が多く含まれている」
判決内容も然りだが、その論理の明快な組み立て、判りやすい記述、心の襞にまで触れる血の通った表現など、まさに歴史に残る秀逸の判決文だろう。ただ、何事にも完璧というものがないように、この判決にも問題がある。
控訴人の1人が「アフガニスタンで行っている自らのNGO活動に支障が生じ、また、アフガニスタン人の対日感情の悪化により生命身体の危険が高まった旨主張」したことに対して、判決では「NGO活動への支障又は生命身体への危険が本件派遣によってもたらされたと認めるに足りる十分な証拠はなく」「平和的生存権が侵害されているとは認められない」として退けた。
この判決から4カ月後の08年8月26日、ペシャワール会現地ワーカーの伊藤和也さん(享年31)がアフガニスタン東部ブディアライ村で拉致され、凶弾に倒れた。本誌9月12日号で、アジアプレス所属のジャーナリスト・白川徹はこう指摘する。
新テロ特措法の再可決(同年1月)が「アフガニスタンでもトップニュースの扱いで報道された」ことにより「対日感情の悪化」を生み、それが「伊藤さん殺害に関し少なからず影響がある」というのだ。判決がここまで想定していなかったにせよ、伊藤さんの死は「NGO活動への支障又は生命身体への危険が戦争支援によってもたらされたと認めるに足る証拠」の一つと言えまいか。伊藤さんは自衛隊の米軍支援を要因の一つとして、平和的生存権を打ち砕かれたのだ。
同じく非政府組織の国際医療団体のメンバーである日本人女性医師がエチオピアで誘拐・拉致されてから3カ月が経ち、未解決のまま年を越す可能性がある。無事の帰還を祈りながら、2008年を終える。 (2008年12月26日) 片岡伸行