「非実在青少年」を規制する東京都条例改正案
2010年3月17日4:50PM|カテゴリー:風に吹かれて|伊田浩之
アニメやマンガ、ゲームなどに登場する18歳未満のキャラクターを「非実在青少年」として、性的描写などの内容によっては不健全図書に指定し、青少年への販売・閲覧を禁じる「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(青少年育成条例)改正案が東京都議会で審議されています。
『週刊金曜日』では3月19日発売号のメディア欄で、条例案の問題点を取り上げます。が、都議会総務委員会ので採決も19日の予定。そこで、記事を執筆したライターの山崎龍さんが、第一線で活躍するクリエイターの方々4人に取材した結果を、このブログで先行公開します。
ぜひ、お読みいただき、一緒に反対の声をあげましょう。
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●あさりよしとおさん(漫画家)
【経歴】北海道上砂川町(中空知)出身。東京国税局大蔵事務官を経て漫画家となる。1981年に『週刊少年サンデー』でデビュー。その後、商業誌で短編マンガを発表したのち、85年から『月刊少年キャプテン』にて『宇宙家族カールビンソン』の連載を開始。宇宙作家クラブの会員であり、ロケットや宇宙開発の造詣も深い。代表作は『ワッハマン』『るくるく』『まんがサイエンス』『アステロイド・マイナーズ』など。
Q1 条例をどのようにお考えですか?
あまりにも判断基準が曖昧で、適用側の胸三寸でどうにでもなるというのは、そもそも法として存在自体が杜撰すぎる。さらに『青少年の健全育成に、こういうものが存在してはいけない』という考え方自体が、乱暴すぎる話。
草案を出した人間は、特定の表現に対し、法をもってそれを圧殺するというのは、偏見であり差別であることに気がついているのだろうか。 もしわかっていてやったとしたら、それはあまりにも悪質。
Q2 条例の影響をどう考えますか ?
架空の存在、個々人の頭の中の産物に対し、法の網をかけようというのは、憲法21条で規定された表現の自由を侵し、ひいては思想の統制につながりかねない。 方向性から言えば、戦前の治安維持法の再来が予見される。 そういう形の適用はしないというのなら、そもそも改正案として提出する事と矛盾する。
Q3 石原慎太郎都知事に何か伝えたいことはありますか?
表現者としての矜持をお捨てになられましたか。
Q4 読者へのメッセージ をお願いします。
世の中、なんでもありを各々の節度で選択して楽しむと言うのが理想。 本当にそれが何の価値も無いものであれば、誰からも見向きもされなくなり、淘汰されて消えてゆくもの。それを静観するのが正しい対処というものです。
子供に見せたくないと言うのであれば、子供の目の方に覆いをかけるか、対象を目の届かない場所へ移せばよい話。
棲み分けで対処できるものを、特定の思想や嗜好、表現が気に入らないからと、それを力ずくで封殺するというのは、考え方として明らかな誤りであり、ましてそれを法制化しようなどというのは、文化や思想を為政者側の都合でコントロールする全体主義以外何物でもありません。 それは大変危険な考え方で、民主主義を謳う国にあっては、絶対にあってはならない事です。
●神先史土さん(漫画原作者)
【経歴】東京都千代田区出身。少年誌・青年誌で漫画原作者として活躍する。現在、『月刊少年チャンピオン』で『サイレント・ブラッド』(画・太田正樹)、『週刊漫画ゴラク』で『湯けむりコンシェルジュ』(画・江口賢一)を連載中。代表作は『High Life』(画・いずみ誠)、『ビッグマウンテン・ライダー』(守村時夢名義/画・高木章次)、『15の夜 Defuse・散乱』(画・遠野ノヲト)、 『15の夜 Rebirth・再誕』(画・木田昌司)、『15の夜 Cocoon・繭籠』(画・潮田一男)など。
Q1 条例の危険性について
私は、いわゆるエロ漫画を書かないことしていますが……(エロ漫画を否定するのではなく、自分は書かないだけ)。 比較的、性交などの表現が自主規制されている少年誌においても、ストーリー上絶対に必要な表現方法として18歳未満の性を書くことはあり得る。第3者がそれを規制することによって、自由な表現を奪われることを不満に思っている。
Q2 条例についてどう思いますか?
以上の2点において、判断基準が主観的かつあいまいであることを不安に思っている。誰が、どのような基準で判断するのかを規定せずに、条例が先行することはあり得ないはず。判断基準を真っ先に議論すべきである。
また、なぜこの条例が漫画とアニメなのか? もし条例を作るなら、当然小説や雑誌を含むあらゆるメディアを同じように扱うべきである。 漫画とアニメは、軽く見られているのか。それとも、それだけ「青少年に与える影響が大きい」と評価されていると喜ぶべきか。
Q3 条例の影響をどう考えますか
今でも、漫画を書く上での「自主規制」は存在します。 それがきつくなって、自由な表現が許されなくなると、仕事そのものがつまらなくなる。
漫画の仕事は、収入のためと言うよりも、自己表現を認められる満足感が大きい。それを奪われたら、仕事ができない。
また、過去の素晴らしい作品が出版されなくなることも大きい。 以前に安達哲さんの漫画『さくらの唄』が規制受けたのはショックであった(真に10代に読んで欲しい作品)。今回の条例はさらに広範囲な作品が、消えると予想される。 これは文化的な損失。
Q4 読者へのメッセージ をお願いします。
私自身は、まだ漫画の可能性、漫画の力を信じています。 規制とかルールが設けることなく、自由な発想があれば、漫画の表現方法はまだまだ進化します。今後も、素晴らしい作品が生まれます。 漫画、アニメという、世界的にも認められた日本発信の文化を規制する、愚かなことはやめろ。
●山本夜羽音さん(漫画家)
【経歴】北海道旧浜益村出身。啓蒙エロマンガ家。小学校教員(北教組)でカトリック信者の父、同じく敬虔なカトリックの母の間に生まれ、激しくこじれる。父の急逝によってタガが外れ、道立の有名進学校に進むもサヨク趣味に走る。 奇跡的に合格した高崎経済大学を半年でバックれ、上京。 保坂展人氏が主催していた青年運動「青生舎」に参加。その後、反原発運動の昂揚の中で北海道庁前で逮捕される。1990年11月3日、「即位の礼」抗議パフォーマンスの最中「公務執行妨害」容疑で逮捕・起訴。獄中100日。 保釈後、「有害コミック規制騒動」に憤り、エロマンガ家を志す。渦中のマンガ家、山本直樹氏に弟子入りを直訴。アシスタント経験皆無の状態で『僕らはみんな生きている』に作画スタッフとして参加を許される。代表作は『マルクスガール』 『共犯妄想』『ナイトフラッパー』『ラブ・スペクタクル』『聖隷』『渋谷少女リアル』など。
Q1 条例をどのようにお考えですか?
今回の条例改正案は「非実在青少年」(この珍妙な表現がまるでSFの世界ですが)の規定にとどまらず、ネットカフェ規制や携帯電話のフィルタリング規制など多岐にわたって問題点が伺えます。「木を見て森を見ず」というか、実際の児童の権利擁護には全く効果が期待できない施策であるばかりか、警察の捜査権にフリーハンドを与える意図すら感じ、非常に危惧しています。
特にマンガ、アニメ、ゲームといったコンテンツ産業に従事する者としては、曖昧な定義によって強力な規制を強いられることとなり、業界のみならず、幅広い文化にわたって計り知れない打撃を受けることとなり、看過できません。
Q2 条例の影響をどう考えますか ?
「努力規定」である以上、直接的な影響は薄いと考える向きもあるでしょうが、「努力義務」が容易に「罰則規定」に修正されることは、これまでの流れから見ても明らかです。 マンガ、アニメ、ゲームといったコンテンツ産業を地場産業として推進して来た筈の東京都でこのような条例がまかり通れば、完全に「表現の自由」という大義は死ぬでしょう。国家や自治体が「良い表現、悪い表現」を決めつけ、取り締まる社会に未来はありません。対岸の火事として眺めている人々にもいずれ、何も言えない、何も表現できないディストピアが訪れるでしょう。その時後悔しても遅いのです。
Q3 エロスをテーマにした作品への規制派のバッシングに付いてどう考えますか?
ほぼ間違いなく「規制推進」をしている方々が「エロコンテンツ」の全体像を把握しておられないと思います。日本のコンテンツ産業は、エロまでを含めたクリエーターの裾野の広さと、有象無象の膨大なコンテンツによって支えられており、それが国際競争の中で圧倒的なアドバンテージとポテンシャルを誇っていると言う事実すらご存じないのでしょう。
私は自分の信念に従って、誇りを持ってエロマンガを描いていますし、無論これらの作品を望まない形で配布されることには同意していません。かつこの問題はこれまでもあった「自主規制」や「ゾーニング」「ラベリング」といった方法で十分対処できるでしょう。「不健全な文化が蔓延している」という事実もありません。この出版不況のさなか、発行形態も流動化を極め、全体としてのエロコンテンツは縮小しています。
本来この条例は「児童の健全育成」「児童の権利保護」が目的であった筈です。成人が本来享受できる権利を著しく侵害することに熱心であっても、「子供を守る」ための実効的な施策は二の次、というのでは本末転倒です。 「規制推進」を掲げる方々の極私的な趣味嗜好やフォビアが露骨に反映しているとしか思えません。また、それを利用して権益を拡大したい警察などの一部勢力の影も透けて見えます。
Q4 読者へのメッセージ をお願いします。
「表現の自由」を声高に叫ぶつもりはありません。この世界にフリーハンドの自由が存在するとも思えません。つまるところ「自由」は既得権ではなく、血みどろの闘いの中で勝ち取っていくしかないのでしょう。
「創作表現の自由」はその闘争の最前線で孤立した闘いを強いられています。この外堀が埋められてしまえば、いずれあらゆる権利と自由が侵害されていくでしょう。後悔したくなければ、ひとりひとりがこうした問題に関心を持ち、公に発信していくことです。
●やまむらとおるさん(同人誌即売会運営スタッフ)
【経歴】東海地区の同人誌即売会運営スタッフ。地元即売会の中心的な人物として活躍中。今回はアマチュアの同人漫画ファンの立場から東京都の非実在青少年規制条例について意見を述べる。
○地方の同人誌即売会運営スタッフとしての立場から
現状、有害=頒布不可かどうかの判断基準が性器の露出があるか、残虐な描写があるか程度しかありません。行き過ぎた内容(幼女レイプ等、過度の人権侵害や犯罪行為)であっても、基準を満たせば頒布を許可せざるを得ず、イベントが犯罪行為の助長の片棒を担がされている感覚がぬぐえません。
今回の条例変更案は、児童ポルノに関する定義をしている点を評価します。その定義に基づき、頒布の許可/不許可を判断することができ、イベントの健全性を確保できます。イベントには性別・年代を問わずたくさんの参加者がおり、当然その中に青少年が含まれる為、この点は重要と考えています。
○表現者としての立場から
ある程度の画力が身についたら、ポルノ表現にも挑戦したくなるでしょう。しかし画力をつけていく過程において、未成年にしか見えないような描写しか出来ないこともあります(私もそのひとりです。ブルース・ウィリスのような大人を描く事が困難です)。そういう人に対し、自分の表現力を問う手段を奪うような今回の改正は受け入れられません。
たしかに、改正案七条一にあるとおり、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがある表現は、表現者として行ってはなりません。しかしそれの定義は、ピカソの絵画を見た人全てが素晴らしいと思わないのと同じで、表現された物を評価する者の思考の背景、思想の影響を強く受けます。つまり、厳密に運用されるべき条例そのものが非常に曖昧にしか運用出来ないのです。曖昧にしか運用できないという事は、冤罪を生みだすということです。
今回の条例改正案は、憲法で保証された思想良心の自由を侵害するものとしか言い様がありません。
○作品の購入者として
規制をする前に、いわゆるBL作品はもとより、性器描写がなされないが故に「成人コミック」指定されない漫画(男性向けに限らず、女性・女児向け作品、いわゆるTL作品)など、今回の改正案において第七条二に該当すると判断されるものを全て「成人向け」として、年齢確認の元に販売が許可されるよう、出版業界等へ働きかけることが先では無いかと考えます。当然、店舗販売はもとより、同人誌即売会においても同様です。
条例で何もかもダメという前に、出来ることを関係者にやらせる努力を行うべきです。