池上彰現象、マイケル・サンデル現象を考える
2010年12月15日3:50PM|カテゴリー:多角多面(発行人コラム)|北村 肇
<北村肇の多角多面11>
いい質問ですねぇ!
ジャーナリストの池上彰さんが柔和な笑顔でそう言うと、質問者はそれだけで満足してしまうのかもしれない。池上さんとは、30年近く前、同じ社会部記者として現場ですれ違ったことがある程度で、面識はない。テレビもほとんど見ないので、特に関心もなかった。だが、次々に著作がベストセラーになり、ついに今年の流行語大賞にまで選ばれたとあっては、「池上現象」について考えざるをえない。
のっけから話がずれるが、マイケル・サンデル・ハーバード大学教授の「これからの『正義』の話をしよう」が、この種の単行本では異例の売れ行きとなった。内容は一種の哲学入門書だが、こちらもテレビの影響が大きく、NHKの番組がそのまま本になったと勘違いした人もいたのではないか。
サンデル教授を持ち出したのは、「池上現象」に通じるものがあるからだ。それは「何でも知っている人に、わからないこと、知っておくべきことを教えてもらう。しかも、わかりやすく簡単に」ということである。教授には叱られるだろうが、かなりの視聴者・読者は、“お手軽”に講義を受け、なおかつ自分のものとしたいのだ。だから、いろいろと思索をめぐらせながら最後まで著作を読み通した読者は、意外に少なかったように思う。
大学生が選んだ今年の言葉は「迷」だった。まさしく、だれもかれもが迷路に入り込んだような社会の到来だ。どの道を進めば正解なのか、どの情報が正しいのか、皆目、検討もつかない。闇雲に突き進んでしまう人もいれば、どうしていいかわからず途方に暮れる人もいる。だれか教えて!正しい道を、情報を――そんな叫び声が聞こえてくる。
池上さんは記者会見で自分の人気ぶりについて感想を聞かれ、「バブルです」と答えた。気持ちはわかる。ジャーナリストの仕事は、取材に基づいて事実・真実を伝えることであり、その情報をどうかみ砕き、自らの生き様に結びつけるかは読者しだいである。なおかつ、どれほど優れたジャーナリストでも、あらゆる分野での取材は不可能だ。難問をすべて解決してくれるかのような幻想を抱かれてはたまらないだろう。
池上さんもサンデル教授も来年は、しゃぶりつくされているかもしれない。そして次なる「博士」を求め、多くの人がさまよい始める。一人で情報の海を泳ぎきるだけの体力も余裕もなければ、とりあえず「人気」のあるブイにすがるしかない。いたちごっこの先には何があるのか。これもまた「迷」だ。(2010/12/17)