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『世界最悪の旅』の新訳完成(本多勝一)
2017年2月21日2:56PM
世界の諸言語の中で日本語に訳されている文献は、古典から現代文まで膨大な量になろうが、理科系の手引き書とか古典的文学作品の類は別として、いわば“普通の”「本」として日本語に全訳されている例は、案外すくないのではなかろうか。
ここでとりあげるチェリー=ギャラードの著書『THE WORST JOURNEY IN THE WORLD』(By Apsley Cherry-Garrard)にしても、日本語版全訳『世界最悪の旅』(中田修訳、オセアニア出版社、税別7000円)は今年の1月15日刊行だが、原書(英語版)が出たのは1922年12月だから、こんどの全訳日本語版発行はその95年後ということになる(注)。
そして、二段組み760頁にもなるこの古典的大著の翻訳書が、今年の始めに中田修氏ご自身から新刊書として送られてきたとき、私は快挙に感激してすぐ中田氏に電話したものだが、まもなく同氏からこんなハガキがとどいた――
「お電話を有難うございました。うれしくてのぼせ上がり、わけのわからないことを言っていたようで失礼いたしました。原著に近い本をという小生の希望から、出版社と印刷所がはりきってくれて、よい本になりました。部数は五〇〇部です。次には少し手軽な安価な本にして、広く読んでもらえるようにできたらと思っております。」
中田氏は1929年生まれで、本多の2年先輩にあたる。『アムンセンとスコット──南極点への到達に賭ける』(教育社・1986年)は、私にとっては新聞記者になって以来はじめての書きおろし単行本だが、その「あとがき」の一部に次のような記述がある。
〈アムンセンとスコットというたいへん異なる個性が演じた「史上最大のレース」について、同時進行的に検証する方法を試みました。これまでどちらかというとスコット隊の悲劇があまねく知られ、しかも同情的・浪漫的に理解され、他方ではアムンセン隊がどのように成功したかが具体的には知られていなかった傾向があります。何よりの証拠に、人類として南極点に初到達したアムンセンの遠征記『南極』が、いまだかつて一度も日本語に全訳されていないのです(部分訳や抄訳はあったが)。一方、スコット隊の記録にしても、第三者(支援隊員)のチェリー=ギャラードによる分析の書『世界最悪の旅』は加納一郎氏による全訳があるものの、かんじんのスコット自身の長大な行動日誌はまったく訳されていません。つまり世界的古典としての両雄の原著作を、日本語で読むことは今だにできないのであります。これでは両隊について日本での認識が浅いのも、むしろ当然と言えましょう。〉
あらためて、中田修氏による大労作たるこの「全訳」の成果を祝いたいと存じます。
〈注〉『世界最悪の旅』の日本語版は、古い例としては加納一郎(故人)の訳書(1944年、 朋文堂)があり、朝日文庫版(1993年)にもなっているが、実質的な意味では「訳されていないところがときどきある(訳者あとがき)など、厳密には「全訳」とは申しにくいと思われる。日本語の「本」としては、このたび刊行された中田修・訳が真の全訳と考えられよう。
(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員、2月10日号)
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