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「青酸連続変死事件」の“省エネ”審議で露呈 裁判員裁判の破綻が見えた
2017年12月5日10:40AM
京都、大阪、兵庫で起きた青酸化合物による変死事件で夫や交際相手など男性4人への殺人罪などで起訴された筧千佐子被告(70歳)に対し、京都地裁(中川綾子裁判長)は11月7日、「遺産目的など金銭欲で人命を軽視した非常に悪質な犯行」と死刑判決を言い渡した。「青酸連続殺人事件」を6月の初公判から傍聴し続けたが、裁判員裁判への疑問が膨らんだ。ある鑑定人の医師が証言中、「それは鑑定書に書いています」と言うと中川裁判長が「私たち裁判官や裁判員はその鑑定書を見ていないんです。ここで説明してください」と求めた。検察官が当該箇所を示して証人席に鑑定書を持ってきた。
青酸中毒死の立証や筧被告の認知症度の検討で検察側申請の証人には医療関係者が多く、法廷で科学用語も飛び交った。従来は法廷で鑑定書を元に科学を勉強した弁護士、検事、裁判官が高度なやり取りをした。裁判員裁判では簡略化された内容が法廷に映され審理が進む。それでも裁判員が理解していないのでは、と感じた。畢竟、証人への裁判所側の質問はプロ裁判官だけ。判決後、会見した裁判員の一人は「理解が追い付かず質問も浮かばなかった。素人にもわかりやすい言葉で説明してほしかった」と正直に語った。
公判は予備日を含め47回予定されたが、期日取り消しが繰り返され38回に収め、証拠は絞り込まれた。弁護側が求めた取り調べの録音、録画を記録したDVDの証拠採用も却下された。「採用すると審理が延びることを嫌がったのでしょう。省エネの裁判です」(辻孝司弁護人)。被告人は「アルツハイマー型の軽度の認知症」と判断された。公判中にも症状が進行した印象で壊れたテープレコーダのように同じことを言った。芝居には見えなかった。責任能力も訴訟能力もないことを主張した弁護側は「診断は1年前の上、鑑定者は認知症の専門家ではない」と再鑑定を申請したが却下された。
4件とも有罪認定されたが被害者2人は解剖も薬物検査もなく青酸も残っていない。検察は被害者が一緒にいた時や直後に倒れ、死亡の直後に預金が引き出されたなど共通点を強調した。有罪判決は状況証拠の積み上げだが証拠のない事件だけなら立件できたか。
龍谷大学法学部の福島至教授は「青酸が出なかった2人の被害者についての有罪認定は疑問。認知症が進んだならば新たな鑑定などもするべきだったのでは。鑑定書は証拠採用されれば評議で検討されるが裁判員が本当に理解できたのか。裁判員をお客様扱いして負担を減らして証拠を絞り『自白調書』を中心に有罪認定した印象」と指摘する。
【裁判員の負担軽減最優先】
負担軽減からか審理が1時間以上続くことはまずなく休廷が繰り返された。裁判員裁判史上、2番目の長期審理(135日)で8割が辞退し、選ばれた6人中5人は女性。3人の裁判官も2人が女性なので、裁いた9人中7人が女性と性別も偏った。審理期間が予定より延びると今後の裁判員裁判で裁判員の引き受け手が不足することを恐れ、裁判所が「迅速」を最優先しているとしか思えなかった。
裁判員からは「病状の判断について複数の証人が必要だったかもしれない」「認知症の専門家が公判を傍聴し、意見を聴く機会もあれば判断は変わっていた可能性もある」の声も聞かれた上、「審理時間がかかっても出せる証拠はすべて出してもらい、判断したかった」と語る人もいた。
甲南大学法科大学院の園田寿教授は「裁判員がわからないままに死刑判決を決めた印象。今回のような専門的な科学や、法律論が中心になれば裁判員には無理。重大犯罪ではなく裁判員を減らして窃盗など懲役10年以下くらいの犯罪や、民意を反映させるためにも国賠訴訟に対象を変えるべき」と話す。ある裁判員は弁護側の即日控訴を知り「控訴審ではプロの判断を仰ぎたい」と話したが、死刑判決を下せばその場で執行される覚悟で臨むべきだ。「後はプロで」なら裁判員はいらない。制度は破綻している。
(粟野仁雄・ジャーナリスト、11月24日号)