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ピーター・ノーマン2
小室等|2018年7月1日7:00AM
中川五郎の歌う「ピーター・ノーマンを知っているかい?」を知っているかい?
二三番まである歌で、そのときのパフォーマンスのノリによって長短は変化する。いずれにしても、一五分から二〇分ぐらいの長尺ソングで五郎ちゃんのすごいのは、二三番まで空で歌い切ることだ。
そのことは置いといて、ピーター・ノーマン。一九六八年のメキシコシティ・オリンピックにオーストラリアの白人アスリートとして出場、陸上男子二〇〇メートルの銀メダリスト。金メダルはトミー・スミスで世界新、銅メダルはジョン・カルロス。二人は米国の黒人アスリートだ。
当時の米国は人種差別撤廃、ベトナム戦争反対の波が高まっていた。表彰台でトミーとジョンが一対の黒手袋を分け合い、その拳を高く掲げた「ブラックパワー・サリュート」の写真は世界のメディアに流された。ピーターも二人に同調し、二人が胸につけた「人権を求めるオリンピック・プロジェクト」のバッジをほかの米国選手に借りて胸につけ意思表示した。
オリンピック後、三人はそれぞれの国から制裁を受けたが、ときは流れ、米国でトミーとジョンは名誉を回復、人権のために戦った英雄として二〇〇五年に「ブラックパワー・サリュート」をする巨大な銅像も建てられたが、オーストラリアのピーターは二〇〇〇年のシドニー・オリンピックに招待されることもなく、悲運のまま〇六年に心臓発作で他界した。
ピーターの葬儀で棺を先頭で担いだのはトミーとジョンだった。どのように悲運だったかは、二三番まであるこの「バラッド」(物語り歌)にくわしい。
「ピーター・ノーマンを知っているかい?」の二三番最終章はこう締めくくられている。
〈あれから50年の歳月が流れた 今の世界は自由で平等なのか? あなたのまわりで差別が行われたり 人権が奪われたりしていないか? ひとつの国や民族を排斥したり 酷いヘイト・スピーチが聞こえてこないか? たったひとりで立ち向かうあなた 自由と平等、人権のために でもあなたのまわりを見回してごらん あなたは決してひとりではない あなたのそばにはピーター・ノーマン あなたのピーター・ノーマンがいる〉
これが、この歌で五郎ちゃんが言いたかったことだ。等身大の五郎ちゃんが、等身大のあなたに向かって歌い、社会にプロテストする。ガチガチの真面目人間からはほど遠く、酒飲みで、スケベで、どこにでもいそうな、偉大な中川五郎。中川五郎は、日本で今一番のバラッドシンガーだ。
(こむろ ひとし・シンガーソングライター、2018年6月15日号)