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ダッカ事件、拉致問題など引き合いに事実を歪曲――安倍首相の憲法認識は誤りだ

2013年3月14日4:48PM

ダッカ事件は「テロリストに屈したと世界から非難された」と語る安倍晋三首相(左)。(提供/AP・AFLO)

 戦後の歩みを否定し、強い日本を取り戻すことに意欲を示す安倍晋三首相。自民党の憲法改正推進本部の会合に出席した際、事実誤認あるいは事実の歪曲ともいえる驚くべき「認識」を披露した。

 二月一五日に開かれた憲法改正推進本部の会合に約一〇〇人が出席。安倍首相のあいさつの後、非公開となり、約一五分間講演したという。『東京新聞』(一六日付)は講演内容を次のように伝えている。

 出席者によると、首相は「憲法に由来する問題点」として一九七七年にバングラデシュ・ダッカで日航機がハイジャックされ、政府が日本赤軍の要求に応じて服役囚を釈放した事件を紹介。「憲法に抵触するために警察や自衛隊による救出作戦ができず、テロリストに屈したと世界から非難された」と説明したという。

 ダッカ日航機ハイジャック事件を振り返ってみよう。七七年九月二八日、パリ発羽田行の日航472便は武装した日本赤軍五人により、ハイジャックされた。犯人は人質の身代金と日本で服役中だった九人の釈放を要求した。福田赳夫首相(当時)は要求に応じ、身代金を支払い、釈放に応じた六人を引き渡した、というものだ。

 安倍首相は「テロリストに屈したと世界から非難された」というが、七〇年代に世界で多発したハイジャック事件で犯人の要求を呑んで、テロリストを釈放するのは珍しくなかった。日本を含め、多くの国に強硬手段に訴える特殊部隊がなかったからである。

 ダッカ事件と同じ年にルフトハンザ航空機が乗っ取られ、西ドイツの国境警備隊に属する特殊部隊「GSG9」が急襲して人質全員を解放できたのは、七二年のミュンヘンオリンピックで一一人が殺害される事件をきっかけにGSG9が設立されたからである。

 日本ではダッカ事件を契機に特殊部隊の設立が検討され、九六年、警視庁、大阪府警など七つの警察に特殊部隊「SAT」として正式に誕生した。ハイジャック事件はこのSATが対応している。

 安倍首相は「憲法に抵触するために警察や自衛隊による救出作戦」ができなかったというが、みてきたように当時、救出作戦を実行できるSATはなかった。自衛隊の特殊部隊「特別警備隊」の設立は二〇〇一年、「特殊作戦群」は〇四年で、ともにダッカ事件当時は存在していない。そもそもハイジャックという犯罪に警察ではなく、自衛隊を持ち出すのは筋違いといわざるを得ない。

 特殊部隊がなくても、また犠牲者が出ることを覚悟してでも強硬手段に訴えることは不可能ではなかった。だが、「一人の生命は地球より重い」といって犯人の要求に従ったのは当時の福田首相の判断であり、憲法の問題ではない。

 同じ日の憲法改正推進本部の会合を伝えた『朝日新聞』によると、安倍首相は北朝鮮による拉致被害者を引き合いに出して「こういう憲法でなければ、横田めぐみさんを守れたかもしれない」と改憲を訴えた、という。

 七〇年代から八〇年代にかけて日本各地であった失跡事件について、警察庁は北朝鮮による拉致と確信していた。しかし、政治がその重い腰を上げるのは〇二年、小泉純一郎首相(当時)の訪朝まで待たなければならなかった。

 憲法が悪いのだろうか。北朝鮮と向き合ってこなかったのは自民党政権の問題ではないのか。日本が改憲して「国防軍」を持てば、北朝鮮は頭を下げ、拉致事件は解決するのだろうか。

 また二月一六日の各紙は政府が「日本版NSC(国家安全保障会議)」の設置に向けた議論を開始したと報じた。外交や安保は、憲法改正や組織の新設といった「外枠」を整えれば何とかなると考える楽観主義にはあきれるしかない。

(半田滋・『東京新聞』論説兼編集委員、3月1日号)

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