設置反対の運動で試される多文化共存社会――カナダで「慰安婦像」の動き
2015年5月8日11:01AM
今年初頭、カナダ・ブリティッシュコロンビア(BC)州バーナビー市内の公園「セントラル・パーク」に、旧日本軍「慰安婦」の歴史を記憶する少女像の設置計画が持ち上がった。同市の韓国京畿道の姉妹都市、華城市からの呼びかけがきっかけで、カナダ側には地元のコリア系住民が中心の「平和の像実行委員会」が結成されている。バーナビー市は西海岸の最大都市バンクーバー市の東側に隣接し、人口は約22万人。そのうち華人系、インド系、コリア系等の非白人が過半数を占め、多民族化が進むカナダを象徴する町だ。
関係者はまだバーナビー市に正式な提案をしていないとのことだが、3月に入ってこの計画が韓国の新聞で報道されると、日本や地元の日系住民から反対運動が起こった。同月18日には約20人の日系人が、バーナビー市の公園委員会に反対の陳情を行なった。インターネット署名「Change.org」での署名運動も起きている。4月13日時点で1万3000以上の署名が集まっているが、コメント欄の反応はほとんど日本からのものだ。
カナダでは2007年、第一次安倍政権下における「慰安婦」の歴史歪曲の動きを受け、米国やオランダなどに続き日本政府が誠実に被害者に向き合うよう促す連邦議会決議が可決された。その後、米国各地で「慰安婦」を記憶する像や記念碑ができてきており、日本の排外的団体などが反対運動を展開してきている。カリフォルニア州のグレンデールでは在米日本人らが像設置に対し市を訴えたが、SLAPP訴訟(市民活動を排除するための戦略的訴訟)として却下された。言論の自由への威嚇と判断されたのだ。
今回のケースでは、4月に入り、バーナビーを含むバンクーバー広域区で、日系社会の重鎮であるゴードン・カドタ氏が新たに「期成同盟会」という名でこの問題について日系人の反対署名を取りまとめようとしている。カドタ氏は戦時日系カナダ人強制収容の被害者に対する政府の謝罪と補償を実現した「リドレス運動」に貢献した人物でもあり、排外的で歴史否定の観点からくる反対運動とは一線を画しているようだ。
【「日系とコリア系の友情を」】
取材に対し、カドタ氏自身は反対理由として「対立の種になる」、「多文化共存が崩されうる」、「これは韓国人女性の被害だけを扱うものでカナダに貢献しない」等を挙げた。同時にカドタ氏は、真っ向からの反対ではなく対話や歩み寄りによる代案を探っている。たとえば「カナダの先住民女性も含む、すべての女性の人権侵害を扱うのなら考えうる」ということだ。
一方、この計画を地元で推進している「平和の像実行委員会」代表で、地元コリア系社会の名士的存在であるコンホ・チョー氏によると、この少女像の目的は歴史の事実を若い世代に教え、女性の人権と尊厳を重んじることを訴えることにある。コリア系だけのものではなく、日系社会や他のコミュニティーもかかわってほしいと言う。同委員会で日系社会との連絡係を担っているオーケストラ指揮者のピーター・ソク氏は「私たちは平和的方法以外の何も求めていない。一緒に考え一緒に行動していきたい。そして日系とコリア系の住民の友情を育みたい」と語った。
双方の意見を照合すると、お互いに対話と協調を求め、目的も共通する点がある。BC州議会議員のジェーン・シン氏(バーナビー=ロヒード地区選出)は、「このように繊細で議論も呼びうるプロジェクトについて協力し合うことができれば、世界に対する手本になる。それを行なうには多文化主義のカナダほどふさわしい場所はないのではないか」と言う。日系人も一枚岩ではない。シン氏にはある日系人が訪れ、「手をつなぎ共に涙を流せるような企画にできれば」と語ったという。この計画は、たとえ紆余曲折はあっても、地域全体で取り組む歴史の共有と和解のケースとなるか、今後の進展に注目する。
(乗松聡子・『Asia-Pacific Journal:Japan Focus』エディター、4月24日号)