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第19回「週刊金曜日ルポルタージュ大賞」佳作入選作

北朝鮮の日本人妻に、自由往来を!

 西村秀樹

ドロボー暮らし

「北朝鮮でどうやって暮らしてきたんですか」とわたしが訊くと、
「泥棒ですよ、ドロボー」
 目の前にいる、少しやせ気味で高齢の女性の返事は、わざと冗談めかした口調で、それまでよりちょっと大きな声で、そう応えた。自嘲的というのか偽悪的というのか照れた表情だが、目は笑っていなかった。
 こうして北朝鮮から命からがら逃げてきた日本人女性へのインタビューが始まった。
「そうでもしないと、六人の子どもを抱えて生きていけない。だから…………」
と言い訳した。いたずらを先生に見つけられた小学生のような、はにかんだ表情を見せた。と同時に、母は勁(つよ)しと、わたしは心に刻んだ。
 女性は松川淑子という。まだ家族が北朝鮮に残っているから、世間に発表するなら仮名にしてくれとやさしくお願いされたので、本名を替えてある。目尻にくっきりと刻まれた皺、ささくれだった指先がままなく七〇歳代半ばを迎える年齢と、それ以上に、かの地の苛烈な暮らしぶりを想像させた。
 二年前(二〇〇六年六月)、二女マミ(仮名)といっしょに北朝鮮の鴨緑江を渡り、中国国内で活躍するNGOグループの手助けを得て中国のあちらこちらを転々と移動し、九月、中国国内の日本領事館に駆け込み、いまは大阪府八尾市内で娘と二人、静かに暮らしている。

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