『検証 産経新聞報道』をめぐる本誌部員の「盗用問題」について
(『週刊金曜日』編集長 小林和子)
2018年8月7日2:00PM|カテゴリー:お知らせ|admin
弊社刊行単行本『検証 産経新聞報道』の本誌編集部員の署名記事について「盗用」の指摘が昨年8月、日本報道検証機構(GoHoo)からあった。同機構の代表である楊井人文弁護士とやりとりを重ねた後、発行人の北村肇、編集長の小林和子、それに当該編集部員の成澤宗男が昨年末には同弁護士を訪ねた。同機構のウェブサイトを参考にしながら出所を明示していなかったこと、さらに一部の項目で、同機構の取材の成果物を自分たちのものであるかのように装っていたことを弊社は認め、直接謝罪をした。
一連の事態をめぐる経緯、問題の所在、今後の課題について明らかにし、この事案でご迷惑をおかけした関係者の方々、そして読者のみなさまに改めておわびをし、再発防止を誓いたい。
本誌特集を単行本に
昨年8月中旬、日本報道検証機構の楊井人文代表から〈『検証 産経新聞報道』中の「どうなってんの? 続出する産経流『捏造記事』一覧」は当機構のサイトから盗用したのではないか〉と発行人・北村肇にメールで指摘があった。
同書は、『産経新聞』が「慰安婦」や南京大虐殺、沖縄戦の集団自決について事実ではないと主張していることに加え、フェミニズムや男女共同参画へのバックラッシュを煽ったことなどに対して、学者やジャーナリストらが反論を加えたものだ。初版6000部を7月に発行(3刷まで増刷)。『朝日新聞』バッシングにいそしみ、“安倍応援団”と化した『産経新聞』を真正面から批判する類書がないことから「タイトルを見て待望の本が出たと思った」などの声が小社に寄せられ、予想通りの手応えを感じていた。そのなかに本誌編集部員の当該記事があった。
そもそも記事は、本誌昨年2月17日号の特集「『歴史戦』に負けた『産経新聞』」に編集部員が執筆した同名記事に、加筆・修正したものだ。
歴史修正主義だけでなく、事実に基づかない同紙の取材姿勢の問題や記事の不正確さを具体的に衝く内容となっている。特集は読者からの反応もよく、単行本化の話がすぐにもちあがった。評判がよい特集記事・連載企画を単行本化することは、弊社でもままあるケースだ。
単行本に掲載された中から2項目をあげる。
〈捏造 東京都内の「11区が防災演習協力拒否」(2012年7月23日 本紙)〉
〈「開催された陸上自衛隊第一師団の統合防災演習に東京都内の11区が協力を拒否した」という、まったく事実無根の記事が堂々と掲載された。……〉
これは後日謝罪記事が出たことを記事中で記述している。
〈捏造 茨城に「シールズ」が登場した(2016年2月11日 ニュースサイト)〉〈『茨城のシールズ』建国記念の日に街宣……内容は、「『茨城のシールズ』を標榜する市民団体」が2月11日午後、JR水戸駅南口で「『戦争法廃止』の街頭宣伝を行った」際、……〉
これは重大な問題を孕んでいることがわかったので、後述する。
単行本は21項目中10項目
「『歴史戦』に負けた『産経新聞』」の特集企画は16年11月30日の編集会議に提出されていたので、他の時事的な企画よりも仕込みの時間はある。それでも校了までに2カ月あまりしかない。
年が明けてから、編集部員とデスク、小林とで入稿前の台割り確認を行なった。最初の企画書にあった6本の企画の内残っていたのは1本だけで、あとは新たな企画に変更されていた。メインとなる企画が、筆者候補の協力を得られなかったとのことで、実現可能なものに練り直されたといえる。編集部員の当該執筆記事もこの段階で新たに加わった。具体的にどのような方法で調べるのかは話題にならなかったが、「産経ウオッチャーであるTさんに協力を仰ぐ」とのことだった。Tさんはこれまでも本誌のメディア批評に貢献してくれた方だ。しかし、社内調査の段階では、この後、部員が一人で執筆可能と判断し、Tさんには声をかけずにおわったと話した。実際に取り上げた記事は2005年~16年まで。10年以上にわたる誤報記事を調べ上げるには労力がかかる。だが、ゲラを見たデスク、小林、さらに発行人ともに、楊井氏から指摘を受けるまで、問題に気づかなかった。ただ、当該記事の入稿が予定よりも大幅に遅れ、校了日の前日となったことと、本来ゲラ段階で校閲担当に渡すべき資料などが用意されていなかったため、通常行なうべき確認作業が十分にできなかったことを、校閲担当チームから、問題発覚後に小林は聞いた。
記事の瑕疵を問う文書が他媒体から届く場合は、内容証明などの手段によるものが多い。今回は発行人個人のメールアドレス宛に送られてきた。これはたまたま本誌発行人と楊井氏が知り合いという関係性も影響していたと思われる。「盗用」疑惑については、書籍担当者、小林と誌面のデスク、そして本人のみに知らされた。
発行人が指示した社内調査の結果、「本誌特集では11項目中7項目、単行本では21項目中10項目が同サイトの記事を参照していた」ことがわかった。本件の対応に小林ではなく発行人みずからがあたったのは、もともと書籍は発行人―書籍担当者のチームで動かしていたためだ。
「引用元を書くのを失念」
執筆した部員に発行人が事情を聴いたところ「引用元を書くのを失念していた。実際に誤報があったかどうかは(当該の『産経新聞』で)確認している」とのことだった。
9月半ば楊井代表に「弊社としては『盗用』までの悪質性はないと判断するが、『無断引用』は大失態だ。単行本については、(1)増刷分から『日本報道検証機構のサイトなどを参照』という趣旨の文章を付け加える、(2)手持ちの分に関しては同様の文言を記した紙をさしはさむ。(3)『おわび』を出すことを検討する」などとした文書を送付した。
同機構より「納得できない。単行本は回収すべき。担当編集者に厳しい処分を」という趣旨のメールが届く。
弊社の認識の甘さについては後述するが、単行本の回収については、「過去の例を見ても差別問題などの甚だしい人権侵害や明らかな盗用など、特別なケースに限られる。出版社にとって回収は自殺行為。取次店からのペナルティが発生し出版社としての信用を失う」(本社業務部)という判断があった。
処分については、執筆した編集部員と書籍担当者、それにデスクに対して10月、発行人が口頭による厳重注意処分を行なった。
さらに本誌11月17日号で〈お詫び〉を出した。▼日本報道検証機構より「盗用」の指摘をうけたこと、▼本誌では11事例の内7事例が、単行本では21事例の内10事例が同機構のサイトに掲載された記事をもとにしていたこと、▼担当編集者は誤報の事実を確認した上で本誌及び単行本用にまとめたこと、▼弊社は活字媒体やサイト記事を引用または参考にした場合、必ず媒体やサイト名を明記しているが、今回それを怠ったこと、▼そのことで日本報道検証機構及び関係者の方々に多大なる迷惑をかけてしまったことをお詫びし、再発防止を徹底したい――などの内容だ。
だが、5日後に同機構サイトに、この「お詫び」では納得できないとの趣旨の見解が掲載された。
「取材していない事実」
この間、同書の共同執筆者の斉藤正美氏と能川元一氏から、厳しい指摘を受けた。本来なら問題を把握後、すぐに報告すべきところを、11月の「お詫び」掲載まで無視した形になってしまった。お二人は「盗用」という認識を持ち、弊社の対応の転換を要請された。さらに社内から認識の甘さを指摘する声が複数あがったこともあり、弊社ではすべての事例について再度検討を加えた。そこで重大な認識不足が確認された。
当初、弊社の言い分はこうだった。弊社は活字媒体やサイト記事を引用または参考にした場合、媒体やサイト名を明記することを基本としている。だが、メディア業界としては、他社が先に発表した内容であっても、自分たちで事実を確認した場合、公知の事実とみなしてしまう。引用・参考の表示漏れがあっても、これをもって「盗用」とはしない。
たとえば、A社がスクープを出したとする。B社はA社の記事を出典とするのではなく、自らその事実を取材し直し、A社の名前を出さずに記事化するだろう。本来はA社のスクープを前提とした上でB社の記事ができたわけだから、A社のスクープについて一言触れるべきだ。しかし実際の多くのニュース報道ではそうはなっていない。
今回の場合、日本報道検証機構の記事を引用、または参考にしていても、自ら裏付けをとっていれば、必ずしも引用・参考の表示は必要はない。だから少なくとも「盗用」にはあたらない、という解釈だった。
だが、細かく見ていくと、そうとはいえない項目が含まれていることがわかった。
〈捏造 茨城に「シールズ」が登場した(2016年2月11日 ニュースサイト)〉がそのケースだった。『産経』が誤報を認めず、同機構がエビデンスを独自調査して事実認定をしていたからだ。2月11日午後、JR水戸駅南口で「『戦争廃止』の街頭宣伝」を行なったSauda@ibrは、この記事が出るまで〈対外的に「茨城のシールズ」と称したり、メディアなどでそう呼ばれたりしたことは一度もなかった〉、つまり「標榜はあやまり」であることを、同機構が調査して記事を書いていたのだ。しかし弊誌はその事実を取材をしないまま、標榜が捏造である旨を書いた。これは同機構の取材による成果物を、自らのものであるかのように装っているに等しく、弁解の余地はない。
〈誤報 秋田空港が自衛隊機着陸を拒否(2015年5月22日 本紙東北版 ニュースサイト)〉の項目でも、同様の過ちを犯していた。
これをうけて弊社は12月27日サイト上で、謝罪(『検証 産経新聞報道』共同執筆者に対しても)と同書を絶版扱いにするなどの対応について掲載した。
またこの間、日本報道検証機構をよく知る共同執筆者の植村隆氏から、問題解決のため橋渡しの申し出をもらっていたので、発行人から楊井氏への橋渡しを直接お願いした。
12月27日に発行人、小林、当該部員の3人で楊井氏を訪ね、経緯を説明・謝罪し、あわせて、部員の署名記事を2018年1月の号まで掲載しない(すでに12月の号から同様の措置をとっていた)ことを伝えた。それをうけて同機構はサイトのお知らせ欄に翌々日の29日付で「週刊金曜日の謝罪について」を掲載し、〈これをもって諒とします〉との見解を示された。
教訓とすべきは何か
今年3月、「著作権」について、社内の研修会を実施した。ありがたいことに楊井氏が講師を引き受けてくれた。このなかで楊井氏は盗用について、(1)著作権、(2)ジャーナリズムの倫理――の観点から、解説くださった。
同氏は、そもそも弊社が最初の回答で使った「無断引用」ということばが問題という。要件を満たしていれば、引用は相手の許可を取る必要はなく、無断引用という造語がヘンだとの指摘だ。
研修の内容をまとめると、まず法的観点では、他人の著作物を無断で利用できる場合は、その対象に著作物性があることが当然前提となるが、(1)引用(著作権法32条)(2)時事問題の論説の転載(同法39条)(3)著作物に関する時事の事件の報道のための利用(同法41条)――に限られる。(1)については、どこからどこまでが引用か、はっきりとしていること(明瞭区分性)と地の文が主、引用が従の関係にあること、さらに利用にあたっては、出所の明示を行なっていること(同法48条)が要件となる。
弊社の今回の事案では、日本報道検証機構の文章がそのまま使われているわけではない。表現が違うのだからセーフといえないか、そういう疑問に楊井氏は「著作権には、複製権、翻案権もある」という。表現が違っても、もとのものを利用して新しい著作物を作ってはいけないということだ。「既存著作物の本質的特徴を直接感得できるかどうか」が著作権侵害の類似性、翻案権侵害をめぐる判断基準という。
またたとえば、これらに当てはまらないケースであっても、既存の著作物の成果、あるいはデータを不正に利用して利益を得ることも不法行為に当たる、という判例があるという。
では、ジャーナリズム倫理の問題から見た場合はどうか。
「……ことが×月×日、明らかになった」という慣用表現を新聞報道などでよく目にする。このことについて、楊井氏は藤田博司、我孫子和夫著『ジャーナリズムの規範と倫理』(新聞通信調査会)の記述を使って、問題視している。
「競争関係にある他のメディアに報道を先行され、それを後追いする際に先行された事実を伏せ、あたかも自社の報道が初めてのものであるかのように伝える手法」だ。
楊井氏はさらに、放っておいては明らかにされなかった新事実を伝える真正スクープと、いずれ発表等により明らかになる事実を前倒しで伝える不真正スクープに分類して考える。
前者の場合は、後追い不可能型であれば、スクープの引用元の明示をすべきであり、後追い可能型スクープであれば、裏付けをとれたら引用不要だが、先行メディアに言及すべきという立場だ。
後者の場合は裏付けをとらずに後追いするなら、先行メディア名の引用明示が必要であり、裏付けがとれたら引用や先行メディア名の言及不要――となる。
いずれの社も、自社のスクープについては、明示を求めるが、他社のスクープを前提にした場合は明示をしたがらない傾向にある。弊社としては、現行ではそれが読者にとって親切と思われれば明示をするし、特に利益がなければ明示をしないという判断基準による。だが、他社のスクープに対しても明示をする方向になることが、ジャーナリズム全体の信頼の底上げに繋がっていくようにも思われる。楊井氏は「礼儀と率直さの問題」という意味もあるが、正確な情報を読者に提供できるという意味で重要との主張をされた。先行メディア名に言及するという自主的なガイドラインがあったほうが、どのメディアがきちんと取材報道しているか、知れ渡るのではないか、との見解にはたしかに同意する。
エビデンスに拠る批判を
社内研修の前に社員から、会社として社員に説明責任を果たすべく社員会議の要請があり、開催に至った。「社内調査が中途半端ではなかったのか」「(他社批判の場合は特に)慎重さが必要ではないか」「『無断引用』の表現はヘン」「社としてのマニュアルや規定が必要ではないか」「誌面批評で議論をもっと行なう必要がある」などの意見が出た。
再発防止としては3点を上げたい。(1)企画段階で、記事作成のために、どのような取材をしていくのか、また記事確認のためにどのような作業をする必要があるのかも含めて可能な限りデスク、編集長と協議・連絡を取り合う。(2)何かを参考・引用したときは、校閲に資料を用意して渡す。これは約束事ではあるが、今回資料は示されず、校了日の前日入稿ということで時間もなく、確認作業がいつものように行なえなかった。本来踏むべき手順を踏んでいれば、間違いは途中で判明したかもしれない。(3)時間的余裕がなかったり、一人でたくさんのページを抱え込むと、本来すべき作業を怠ったりしがちだ。できるだけ、仕事が一部の部員に偏らないように配分を考える。
なお、捏造や改竄、盗用は、ジャーナリストにとって職業生命が終わってしまう重大な事案だ。楊井氏もそのことを踏まえたうえで、今回、部員に厳しい処分を求められた。日本報道検証機構のサイトでは「捏造」の認定をしたことはほとんどない。「故意に間違った情報を流した」ことを実証することは非常に困難なことだ。それだけに安易に使うべきではないという指摘はもっともだ。
メディアへの市民の信頼感が落ちているなか、情報を発信していく組織として、自分たちがそのような不法行為に手を染めないのはもちろんのこと、それを批判するときも、エビデンスに基づいた慎重な態度で臨む必要があることを胆に銘じたい。
付け加えるまでもないが、弊社では今回の反省を生かしつつ、今後も『産経新聞』などのメディアを検証・批判していく。
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価値ある情報を届けるために(本誌発行人・北村肇)
インターネット時代では「情報」の無料化が当たり前になりつつあります。情報弱者を含め多くの人にとって有用な情報がフリーなのは好ましいことです。ただ、見逃してはならないのは、情報が活字や映像になるまでには相当の時間や労力がかかっているという事実です。報道機関に属する者として、私たちは情報そして情報発信者に対して常に敬意を払っています。今回の事案はこの基本的な姿勢が欠けていた、極めて深刻な問題であると認識しています。日本報道検証機構の努力の結果である果実を、引用元の明記もせずに記事にしたことに弁解の余地はありません。「盗用」と指摘されても致しかたない失態です。この場をお借りして、改めて関係者のみなさまに心よりお詫びを申し上げます。
深く反省した上で再発防止に向けて取り組むとともに、インターネット社会における情報の取り扱いについても具体的に検討を進めてまいります。読者のみなさまには、一層価値ある情報をお届けすることを誓います。
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おもな経緯(作成/編集部)
2016年 ………………………………………………
11月30日 編集会議に当該企画が提案される
2017年 ………………………………………………
2月17日号本誌で特集「『歴史戦』に負けた『産経新聞』」掲載
7月9日付で弊社『検証 産経新聞報道』発行
8月 日本報道検証機構の楊井人文氏から盗用指摘をうける。事実調査へ
9月13日付で楊井氏に弊社から回答
9月20日付で楊井氏から弊社の回答に納得いかない旨の返事をいただく
10月6日付で弊社再回答
11月6日 楊井氏から弊社の対応を確認するメールをいただく
11月17日号誌面でお詫び掲載
11月22日 日本報道検証機構、ウェブサイトで弊社のお詫びに対して見解を掲載
12月27日 日本報道検証機構に発行人らがうかがい、楊井氏に謝罪
12月27日 弊社のウェブサイトで新たな内容のおわびを掲載
12月29日 日本報道検証機構、ウェブサイトで弊社のおわびを「諒」とするとの見解掲載。
2018年 ………………………………………………
2月21日 臨時社員会議で報告と議論
3月7日 楊井氏を講師に招き社内研修を実施