ワンフレーズと情緒でこの国を変えてしまった男。いまからでも化けの皮をはがさねば
2006年6月30日9:00AM|カテゴリー:一筆不乱|北村 肇
やばいなと思った。ただ者ではない、あるいは相当の知恵者がついている。このタイプの権力者はカリスマ性をもちかねない。私の警戒感をあおったのは小泉首相の一言だった。「感動した!」。
大相撲の千秋楽。その場所は異常な盛り上がりをみせていた。病気から復活、全勝街道を突き進んでいた貴乃花が、14日目の取り組みで負けた際、膝を負傷。とても千秋楽の一番に出るのは不可能な状態だった。にもかかわらず、土俵に上がった。
大方の予想通り、本割りで武蔵丸に破れ、相星で優勝決定戦となった。しかし、そこで“奇跡”が起きる。気の弱い武蔵丸は本来の力を出せず、鬼の形相の貴乃花が勝利をもぎとったのだ。
優勝トロフィーを渡すのは小泉首相。場内もテレビの前も興奮状態の中で、首相が発した一言「感動した!」は、万雷の拍手を浴びた。貴乃花の雄姿とともに、首相のパフォーマンスもまたスポーツ紙などで大きく報じられた。
ワンフレーズポリティックスという言葉が流行したのは、それからまもなくだ。どんなに複雑で本質的な問題でも一言で片付ける小泉流は、「郵政改革」だけを叫び総選挙に圧勝するまでにいたった。疲弊する現代人がもつ、「黒白」や「善悪」といった二元論でことを判断したいとの欲求にみごとに応えたのである。私の不安は的中してしまった。
もう一つ見逃せないのは、「感動」に象徴される「情緒」優先の姿勢だ。靖国参拝は最後まで、「心の問題」で押し通した。郵政選挙では「非情」を全面的に打ち出し、「裏切り者に鉄槌を下す」といった「戦国武将の魂」をモチーフにした。閉塞状況下では、こうした戦略も極めて効果的である。
アジア外交の失敗などに対する批判も、「情緒」で乗り切れると判断したのだろう。世論調査の結果をみると、依然として支持率は下がらない。遺憾ながら、小泉戦略は一定の成功を収めたというしかないだろう。
だが中身の空虚な風船はいつか破裂する。今週号、「小泉首相の通信簿」を特集した。いかに、この国をおかしな方向に運んでしまったか、一端を明らかにした。まだ遅くはない。とにかく化けの皮をはがしておかないと。(北村肇)