編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

「公約」を「マニフェスト」に変えた思惑

 いつの間に「公約」が「マニフェスト」に変わったのか。それを考えていると、新聞記者になったときから引っかかっていることを思い出す。「ジャーナリズム」にあてはまる適当な日本語がないという事実だ。辞書には「報道活動」とあるが、どこかしっくりこない。その理由について、私なりにこう解釈している。

 日本の新聞は、先の戦争報道において、記者魂や報道人としての倫理観を根底から粉々にしてしまった。戦後、「大本営報道」の過ちを反省し「客観報道」を打ち出したが、これは許されざる失態を覆いかくしたようにみえる。真の「ジャーナリズム」とは何かと、真摯に突き詰める作業をあえて回避したからだ。

 そもそも、当時、新聞界では「腐敗する権力を監視し、批判する」という精神を言葉として表現できていなかったように思える。「報道」が「取材し、事実を報じ、解説し、論評する機能」をもつことは、当然、認識していただろう。だが、業界としてはそこにとどまっていたのだ。むろん、個々の記者の中に、上記のような精神を持っていた人が数多くいたことは容易に想像できる。

 戦後、新聞としての戦争責任をあいまいにすることなく、「権力を監視する」との意味合いを含んだ言葉を作りあげていれば、報道界は大きく変化していたはずだ。マスコミの堕落も多少なりと防げたかもしれない。

「マニフェスト」に戻ろう。これも背景には、あえてきちんとした日本語にしない思惑があるのではないか。「公約」はまさに約束事であり、反故にした場合は責任をとらなくてはならない。しかし「マニフェスト」は単に政策を羅列しただけであり、「約束」の色合いは薄い。

 今回の総選挙では、各党とも「マニフェスト」を競い合う。とともに、それぞれが「実現性のなさ」を批判しあう。たとえば「社会福祉の充実」については自民、民主ともに主要な政策として掲げているが、財源を含めて道筋がみえない。本誌今週号で特集したように、日本は世界でも有数な“貧困国”である。こうした状況を脱するには、大胆な国家戦略が欠かせない。なのに、厳しく言えば、両党とも小手先の言葉遊びで終始している。

 もっとも、マニフェストの内容がわかりにくいのは当然のことだ。何しろ、わざとあいまいにすることで責任を回避しているのだから。(北村肇)

民主党は第二自民党なのかリベラル政党なのか、目をこらして息をのむ

 立場が人をつくるように、政権が与党議員をつくる。自民・社会連立政権が生まれたとき、そのことを痛感した。知り合いの社会党議員が某大臣になった。議員会館に訪ね驚いた。心なし態度が大きくなったのはどうでもいい。市民の立場はどこへやら、やたらに官僚の肩を持つ姿勢が鼻につき、耐え難かったのだ。

 その後、社会党は消滅した。「自衛隊合憲論」に踏み切ったことが大きいと思う。与党なのだから仕方ないではすまない――同党を支えてきた市民グループからは大ブーイングが起きた。だがその声は政権党議員には届かなかった。届いても耳にふたをしたのかもしれない。権力の蜜は想像以上に甘かったのだろう。

 民主党がその蜜を手にするのはほぼ確実な情勢だ。鳩山由紀夫氏ら幹部は、すでに政権獲得後の構想について語っている。いわゆる革新派市民からも「とにかく自公政権を葬ろう」という合唱が聞こえてくる。だが、民主党がつくった教育基本法改定案は自民党案よりタカ派的だった。安全保障問題についても、たとえば小沢一郎氏はISAF参加に積極的だ。果たして、安心して政権を任せていいのか、懐疑的にならざるをえない。

 本誌今週号で取り上げたが、民法改正問題でも、民主党には何世代も意識がずれている超保守派議員が何人もいる。こうした議員が与党になった途端、「女は家を守れ」などと叫び出しかねないのだ。

 そもそも、民主党の核となっているのは、自民党経世会に所属していた議員である。田中角栄、金丸信の流れだ。「清和会が権力を握った自民党を、民主党に衣替えした経世会が野党に追いやる」という構図に見えなくもない。自民党の凄みは、有権者の心の動きにそった微妙なバランス感覚だった。右に寄りすぎれば左派が伸長し、ハト派が力を持つとタカ派が息を吹き返す。この繰り返しにより、自民党内での“政権交代”を実現してきたのだ。しかし、小選挙区制を導入したことで戦後55年体制は崩壊。結果として、自民党の一部派閥を中心にした民主党が生まれ、形式的には二大政党時代が出現した。
 
 いずれにしても、鳩山氏も小沢氏も与党のうまみは十分、知り抜いている。霞ヶ関官僚の強さ、弱さも肌で感じ取っているはずだ。だが一方で、旧社会党議員や若手には、野党経験しかない議員も数多くいる。さまざまな場面で、互いの思惑がすれちがい、混乱することは十分、予想される。その先にあるのは第二自民党なのかリベラル政党なのか、息をのんで見つめる。(北村肇)

自民党だけではない。民主党にもタカ派議員がぞろぞろいる

 声の大きい人が苦手だ。比喩だけではない。地声とは思えない大きな声で喋られると神経に触る。母親の偏見にみちた教育が原因かもしれない。「どなるように話す人にいい人間はいない」。変に納得した私は、小さい頃から小声で話すくせがあった。それはいまも抜けない。態度は大きいくせに声は小さい。

 だから、「腹の底から声を出せ」という運動部も性に合わなかった。大音声で「指導」することにより、教員や先輩は支配する側の力を誇示する。一方、部員は服従の意志を最大限に示すため大声で応じる。ときには、感極まり、両者抱き合って泣いたりする。醜悪な自慰行為にしか見えなかった。それはまた、肉親や親類から聞かされ続けた「軍隊」の醜悪さとも一致した。体育会系と称されるものすべてに、どうしても忌避感覚があるのは、それらが軍隊、戦争に結びついてしまうからかもしれない。

 戦前生まれが少数派となる中で、核を持てだの敵基地を攻撃しろだのと騒ぐ、声の大きい政治家が増殖した。この人たちに比べれば、河野洋平氏はもちろん野中広務氏や後藤田正晴氏もハト派にみえてくる。少なくとも「戦争はもう嫌だ」という思いは伝わってくるからだ。

 総選挙で何を投票基準にするかという世論調査結果をみると、「社会福祉」「不況対策」が常に上位にくる。安全保障問題はほとんど蚊帳の外だ。安倍晋三氏が総理になったときは憲法や9条がそれなりに政治的テーマになった。全国に「9条を守ろう」という市民組織も生まれた。だが、今回の「歴史的選挙」ではほとんど話題にすらならなっていない。

 安全保障問題はもともと票に結びつきにくいということがある。だが、政権奪取が目の前にきている民主党の態度にも原因がある。自民党以上にタカ派、ハト派が入り乱れているため腰が定まらないのだ。インド洋での給油問題は、安全保障政策のぶれを有権者の前に露呈した。いまのところは「なるべく触れない」ですませているが、政権についたらそうはいかない。

 本誌今週号では「審判をまつタカ派・改憲派議員」を特集した。タカ派も改憲派も自民党の専売特許ではない。民主党にもぞろぞろいるのだ。ここを見落としてはいけない。母親からさらに差別的な言葉を聞かされたことを思い出す。「声が大きい人は頭が悪い」。これを「いきがってわめく人間は地頭が悪い」と解するなら肯ける。その一つの証拠に、タカ派議員にはおよそ例外がみあたらない。(北村肇)