先週、若手美術家の展示会を観に行った
2012年3月2日9:00AM|カテゴリー:編集長後記|平井 康嗣
先週、若手美術家の展示会を観に行った。
どの職業よりも敏感に目に見えないなにかを形にする”炭鉱のカナリア”のごとき美術家には敬意を抱いており、特に現代アートには足を運ぶようにしていて楽しみにもしている。
だが、作品を次々に見ていると、次第に苛立ちが湧いてきた。
若手で技術が稚拙だからという理由ではなかった。
ほとんどの作家が3・11など存在しないかのように作品を作っているとしか思えなかった。
私の感受性に問題が生じたのかとも内省した。
やはり3・11を無視してもよいし、社会派的なコンセプトを巧妙に取り入れれば市場迎合的だと逆に鼻につく。
純粋な存在である美術ならではの向き合いがほしかった。
以前、山本太郎さんがテレビを観ても感動しなくなったと言っていたが、
私の場合は美術にその怒りを感じていた。期待と裏腹だからだろう。
きっと私の網膜は精神的な内部被曝をして変質したのだ。
いまだに放射性物質は私の眼に見えないが、一年前と違うなにかが見えるようになった。
(平井康嗣)