編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

一六日夜は都内の民主党開票センターにいた。微妙な空気が会場に漂っていた

 一六日夜は都内の民主党開票センターにいた。微妙な空気が会場に漂っていた。
 自民党の圧勝は、民主党への失望と小選挙区制度に背中を押されたものだ。
 勝った自民党側にしても複雑な気持ちはあるだろう。

 今回あらためて痛感したことはテレビと新聞の力だ。
 一七日朝の情報番組で、日本未来の党の敗因は小沢一郎氏と組んだからかと嘉田代表が質問されていた。
 同じ解説の新聞もある。政治家として小沢氏の問題はあるにせよ、マスコミが「問題」にしてきたのは政治と金についてだ。
 しかし、これについてはマスコミの見立てと違った無罪判決が出ている。
 にもかかわらずダーティーなレッテルを貼り続ける。意図は何か。
 
一方で石・橋維新の過剰な露出、まるで総理を決めるかのような扱いだった自民党総裁選のテレビジャック。
 有権者はこれらの情報にどれだけ誘導されたか。

 さて今号の特集は一年前から企画していたものだ。
 民主主義についてあらためてじっくり考えたい。
 そして自民党政権は徹底的にウォッチしていく。
(平井康嗣)

永六輔さんの「無名人語録」は市井のさまざまな声を拾って編集している。

 永六輔さんの「無名人語録」は市井のさまざまな声を拾って編集している。だ
から “正しい” 発言とは限らない。

 一一月一六日号では「士農工商」や「新平民」など、身分制度と部落差別に関
する声を紹介した。永さんは水平社宣言を起草した西光万吉さんからも話を聞き、
差別と受け止めて闘ってきた人だ。だが、歴史的事実や認識とは異なる市井の声
は差別を助長し間違った歴史教育となりうる等の指摘を読者から受けた。要点は
今号に「論争」欄で説明されている。確かにこの主題に関して補足する「語録」
や注釈もつけずに掲載したことは誤った事実を拡散させる。理解と配慮に欠けた
点をお詫びいたします。最近の実証的研究によって被差別部落に関する誤解も次
第に明らかになっている。多くの人が教わった江戸期の「士農工商」というピラ
ミッド型身分制度を不正確とするのが今の歴史教科書だ。

 歴史は国家や時の権力者が都合良く利用し修正してきた。表現の自由を利用さ
れないように、私も蕩尽しないよう気をつけたい。 (平井康嗣)

脱原発を争点に掲げるだけの選挙でいいのかという批判がある

 脱原発を争点に掲げるだけの選挙でいいのかという批判がある。しかし原発はそんなシングルイシューではない。郵政民営化選挙とは違う。脱原発は「原発的なもの」からの脱出なのである。
 今週号の金子論文や環境エネ研論文を読んでいただければ「原発的なもの」と「再生可能エネルギー的なもの」の違いがわかるはずだ。
 原発的なものとは一極に集中し巨大化させる設計思考だ。銀行を始めとする日本企業が典型で合併を繰り返し、大きすぎて潰せない経営へ逃走している。ユーロ圈や米国では今や規制緩和を反省し、銀行と証券の分離強化も検討している。リーマン・ショックの反省だ。一極集中はリスクを巨大化させ国家を巻き込み癒着を生む。日本の原発事故と電力独占を見ればよくわかる。
 一方再エネ的なものは小規模に分散しネットワークでつないでいく考えだ。柔軟な対応を生みリスクも軽減される。当事者の参加意識も高まる。硬直した政官業を変える発想なのだ。だから潰したい輩もいるのだろう。
(平井康嗣)