平和的資本主義の模索
2015年8月28日7:00AM|カテゴリー:編集長後記|admin
安保法制反対デモが若者のあいだで盛り上がり、その運動がひな形になって世代や地域を越えて抗議運動が広がっている。「ひな形」はフライヤー(ちらし)の写真や英語混じりのテキスト(コピーや文章)。そのデザインが“恰好いい”と共感を呼んでいる。
このようなセルフプロデュースは伝統的な市民団体ほど苦手だろう。反戦人権派は「政治的正しさ」の呪縛に囚われがちだった。本筋から離れた論点や手続きも大事だと議論に時間を費やし内部対立が起きる。確かにおかしいものはおかしい。しかし、根本的に憲法違反なのに、その下位法の正しさを吟味するような思考では悪法も法なりとする官僚的全体主義につながる。
数年前、環境や食の分野では「スローフード」などと逆輸入概念を企業も使って広告的に文字が躍っていた。低政治性、親・資本だからだ。ゆえに原発など政治的核心部分は忌避もされた。いま空気は変わった。これからは政治に関わり平和を生かすから市場も活発化する「平和的資本主義」も模索したい。