膨大な内部留保をもつ大企業のすべきことは、人への投資であって人員削減ではない
2009年3月13日9:00AM|カテゴリー:一筆不乱|北村 肇
かつて働いていた新聞社は約30年前、事実上の倒産をした。編集現場にいろいろなお達しが出た。「短い鉛筆は2本つけて使うように」もその一つ。当時は、ざら紙にボールペンか鉛筆で原稿を書いていた。どうせ知恵のない人間が、「節約が大事」と言い出したのだろう。小さな鉛筆を接着剤でつけるのは手間がいる。つまり、数円を節約するために、はるかに高くつく人件費を無駄に使ったのだ。同じようなばかげた命令はほかにも数々あった。
世界同時不況のもと、連日、「史上最悪の決算」と報じられる。これに対し、企業は何を考え、実行するのか。主たる対策は人員削減とコスト削減だ。先述の新聞社も、新入社員採用を2年間、中止するなど、人材(人財)に手をつけた。結果は言うまでもない。その後もじり貧から抜けられなかった。「経営」と「経理」の調整を優先せず、目先の数字上の赤字減らしに走ったつけだ。
当時、長短の借り入れは数百億円。銀行からきつい締め付けがあり、経営陣の立場では「やむをえない」という面があったのは否定できない。だが、昨今、いまにも倒産寸前かのような危機感を示す大企業の中には、莫大な内部留保を抱えるところがある。自動車産業をみても、トヨタやホンダは「兆」の単位の留保があるといわれる。米国のビッグスリーとはまったく、事情が異なるのだ。
家庭を例にとる。家族のだれかが大病になり100万円の治療費が必要になったとする。貯金は100万円しかない。これを使ってしまったら、いざというときに困るから治療はやめようと思う人はいない。健康になって働けば、また貯金はできると考えるだろう。
企業が従業員(正規、非正規にかかわらず)を人間として尊重しているのならば、内部留保を取り崩しても雇用を確保するはずだ。人材(人財)さえあれば、企業は必ず持ち直すし、いずれは“貯金”も回復する。株主や金融機関の顔色をうかがうより、社員のモチベーションを高めることに重点を置くのが、真に求められる、「経理」とは異なる「経営」の鉄則である。
本当の恐慌が訪れるのはこれからだ。人間をモノ扱いにしカネを神格化したことへのしっぺ返しは、想像以上の衝撃をもって人類を襲う。この危機を乗り越えるためには、いまこそ「何よりも人間を大切にする」という、当たり前の原点に戻らなくてはならない。膨大な内部留保をもつ大企業のすべきこと、それは人への投資だ。(北村肇)