震災・原発・放射能の特集を続け、気づけば半年。
2011年9月9日9:00AM|カテゴリー:編集長後記|平井 康嗣
編集長後記
震災・原発・放射能の特集を続け、気づけば半年。脱原発を可視化した菅首相の退任もあり、この問題に誌面を大きく割く週刊誌も弊誌をのぞけば『AERA』と『週刊現代』くらいになったようだ。売れない主題を商業誌は扱わない。扱うメディアが少なくなれば原発推進を言い出すメディアも増えてくる。まるでシーソーだ。メディアが騒がなければ世間も騒がない。螺旋を描き問題意識は縮小していく。では報じる価値がなくなったのかと言えばそれは違う。調査報道への気概があれば、原発・放射能問題で伝えるべきことはまだ尽きない。
今週号の特集は「原発と差別」。もっとも扱いたかった主題の一つだ。脱原発の是非を争うと、原発をなくすと電力が足りなくなるという争点に収れんされることが多い。しかし、ウラン鉱山や通常運転における被曝を誰かに押しつけて原発はようやく存在できる。このことこそが本当の争点だろう。私たちは見たくないものを遠くへ押しつけ、都合のよい世界に帰ってはいけないはずだ。 (平井康嗣)