九月一九日の六万人反原発デモ
2011年9月23日9:00AM|カテゴリー:編集長後記|平井 康嗣
編集長後記
九月一九日の六万人反原発デモ前の9・11一万人デモでは一二人が逮捕された。七人が釈放されたというが、平和的なデモ&パレードに警察が目くじらを立てて大量の逮捕者を出す行為はこの国の恥だ。警察(そして検察も)はそんなことに労力を割くなら、東京電力を捜査してほしい。
作業員の死亡事故、証拠隠滅等探せばいくらでもネタはあるだろう。まったく閉塞感を覚えることばかりだ。フーコーは社会の内部規律を一望監視施設と称し息苦しさの原因と指摘した(と私は解釈している)。
日本でも権力の線引きにより息苦しさが増し、私たちの去勢は加速している。芸人から路上を奪って首輪をつけ、灰色な境界を認めず社会風俗を破壊し、共通番号制を導入して納税者としての国民だけを許す。
市町村合併を繰り返し、血も通わない名称と行政区画で集落を線引きし直す。最近は強制避難民と自主避難民の分断を強いる。日本国民は気づかない「肩書き」を大量にはりつけられ、生かされている。天皇だけが永遠不変のごとくである。
(平井康嗣)