雑誌をつくっている人間は世間の評価を気にしなければならない
2014年10月3日7:00AM|カテゴリー:編集長後記|平井 康嗣
編集長後記
雑誌をつくっている人間は世間の評価を気にしなければならない、のだろう。読みたい時機に、読みたい記事を提供すれば、手にとってもらえる。これは当たり前だ。だから何がうけるのか、読者は何を読みたいのかを、雑誌の作り手は売れ行きや評判を気にしながら、考えて企画する。これが商売の理屈だし、社会的な役割でもあるのだろう。
しかし、私は世間の顔色をうかがったり、自身の評判を気にすることが好きではない。ひねくれたこの性格は昔から変わらない。世間が大事だと思うことと、私が大事だと感じることは違うことも多い。かりに褒められても確かにうれしいが、それは情報の一つ。反対に批判されるとうれしくはないが、真摯に考える機会なのだとも捉える。本質的に自身の仕事の出来は他人の評価や多数決で決まるものではない。自分が一番知っている筋合いのものだ。こんな私はほかの週刊誌ならばお払い箱だろうが、『週刊金曜日』では生きられる。今週の特集はしつこく「慰安婦」問題の本質論だ。 (平井康嗣)