編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

格差社会を変えるためにも、今年こそ、連合と全労連の歩み寄りを

 古臭かろうが、手垢がついていようが、真実をついた言葉を忘れてはいけない、捨ててはならない。これもそうだ。「一人は万人のために。万人は一人のために」。労働組合の役員をしていたころ、何度、喋り、書いたかわからない。「一人は万人のために。万人は一人のために」。20字足らずの文字が持つ、この重み。

 いまの社会はどうか。大手を振っている言葉は、「一部の人間が一部の人間のために」。1割の”勝ち組”が、自分たちの利益のためのみ、9割の人々を虐げ、搾取する。それだけではなく、9割の中で比較的恵まれた層の人々が、さらに落ち込むことを恐れ、自らを守るために汲々とする。まさに負のスパイラル。

 労働組合もまた、その隘路に嵌ってはいないか。組織防衛が先に立ち、ナショナルセンターが背を向けあう一方で、非正規労働者に十分、手を差し伸べられなかった。組織率が急落するのも致し方ない。

 80年代後半、「ヒロシマ、ナガサキ」の取材をしていた際、ある労働組合の幹部と議論になった。

「しばらく共産党とは手を組めない」
「敵は政府であり与党でしょう。コップの中の嵐を続けていたら、どんどん市民から遊離してしまいますよ」
「いや、そんなきれいごとでは組織がもたない」
「あなたにとって大事なのは組織なのですか、労働者や市民なのですか。一体、どちらをとるのですか」
「……」

 それから程なくして、労働組合のナショナルセンターは、連合、全労連の二つに分裂、以来、両者の溝が埋まることはなかった。だが、ここまで格差社会が深刻化し、働く者が粗末にされる時代を迎え、そんな“仲間割れ”をしている余裕はない。本誌今週号では、連合・高木剛会長と、全労連・坂内三夫議長のインタビューを掲載した。対談は実現しなかったが、それぞれのトップが歩み寄りを模索しているようにもみえた。

 原点に戻ろう。「一人は万人のために。万人は一人のために」。この国にいま必要なのは、何よりも、思いやりとやさしさである。(北村肇)