「見せしめ」という「裁量」
2017年2月3日7:00AM|カテゴリー:編集長後記|小林 和子
親の経済力が乏しいと、子どもの進路は大きく影響を受ける。親のほうは子どもの教育費用次第で老後の蓄え(設計)が大きく変わる。教育費は、親子の自律した関係をゆがめる日本の社会制度上の大きな問題ではないのか(そう考えるのは、私がダブル受験生を抱える親だから?!)。
小池百合子都知事は「教育の機会均等」の名目で、年収760万円未満の世帯の、私立高校授業料の実質無償化の方針を公表した。思想信条を超えて、百合子さんガンバレ、と言ってしまいそうになるが、冷静に考えると都知事のむごさが身にしみる。都知事は一方で朝鮮学校への補助金の支給停止を続けているからだ。結果として「差別」を強めているのだ。
1月28日、大阪の朝鮮学校が補助金不支給の決定取り消しを求めて大阪府・市を訴えた裁判で、大阪地裁は朝鮮学校の請求を斥ける判決を下した。拉致問題の解決と朝鮮学校の子どもらの教育を受ける権利は、まったく関係がない。「見せしめ」という「裁量」を許していいのか。