編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

参院選で審判を下すのは、市民という「無名の強者」だ

 岩手県で感動的な話を聞いた。あるJR駅に、毎日のように通う女性がいる。赤ん坊を連れた彼女は、列車を待つ乗客ひとり一人に、チラシを渡しては説明する。「平和は大切です。9条を守りましょう」。草の根の護憲グループに入った女性は、「私にできることはこれくらい」と、駅通いを日課にしているというのだ。

 戦後60余年、再び脚光を浴びている丸山真男が指摘したように、無責任国家・日本にはついぞ民主主義は育たなかった。だがそれは、ひょっとして「知的エリート」の自分勝手な嘆息かもしれない。現に、全国には6千以上の「9条の会」が生まれているという。言い出しっぺは政党だったかもしれないが、いまや、既成組織とは関係のない会もたくさんある。

 与党の苦戦が伝えられる参院選。年金問題や「政治とカネ」のスキャンダルだけが理由ではない。教育基本法改悪、強引な改憲路線にみられる安倍政権の危険な匂い。それを多くの市民の鼻がかぎとっているのだ。
 
 新聞、テレビといったマスメディアは、安倍首相らが目指す「国家像」について、きちんと報道してこなかった。この欄でも何度か触れたが、自民党の憲法改悪案は、政治家や官僚を縛るはずの憲法を、国民の責務を謳ったものに変えようという内容だ。

 改悪された教育基本法は、民主的な教育から国家主導の教育へと大きく舵を切った。「愛国心」の涵養が教育の「目標」とされ、反対する教員は免許更新制の導入により、国家の手で排除される可能性すらある。

 どちらかというと保守的な人々に話しをする機会がたまにある。安倍路線が戦前回帰の色合いが濃いこと、このまま突っ走ると徴兵制の危険性もぬぐえないことなどを伝えると、しだいに表情が変わってくる。「お子さんやお孫さんを戦争にかりだしていいですか」。「死んでほしくないし、殺人もさせたくないですよね」と語ったときに、肯かない人はいない。
 
 政治家が「真実」を隠蔽し、マスメディアがその「事実」を報じなければ、市民は「真実」に近づけない。だが、市民には肌感覚がある。鋭敏な嗅覚がある。かつての戦争で、絶望と不幸に追いやられた経験がDNAに刻み込まれている気がしてならない。道ばたの雑草は、踏みつけられてもたくましく頭をもたげる。民主主義の主役は、無名の「強者」である。(北村肇)