編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

杜の住民

 昨年、その人の姿を何百人もいるホールの中で見かけた。専門分野では世界的な権威。市民に呼ばれればシンポにも出て行くし、多忙な時間を縫って本誌の取材にもこたえてくれた。良心的な学者だ。

 走り寄って取材のお礼もそこそこに切り出した。〈そういえば、東電刑事裁判で証人として出廷されたのですね〉

 その人は驚いたように私の顔を見た。そして証言した内容から裏切られたという厳しい反応があったことを率直に話してくれた。〈でも〉、と言う。〈当時はわかっていなかったことがあるんですよ〉

 裁判では予測可能性や対策の有無が争点になる。だが、その前提として、〈歴史や時代の当事者〉としての責任を私たちがどこまで自覚できているかが問われるべきだ。

 東電福島第一原発事故で生活が一変しながらも、三春町に暮らし、福島原発告訴団長などを務める武藤類子さんのロングインタビューを今週号で掲載している。その武藤さんの〈森の住人〉としてのことばを読み、そんなことを感じた。