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韓国哨戒艦沈没は北朝鮮の犯行と断定―― 李大統領に吹いた北からの追風
2010年5月31日7:01PM
韓国と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が、新たな緊張の局面を迎えている。
三月に発生した韓国海軍哨戒艦の沈没をめぐり、韓国軍と民間専門家による合同調査団は五月二〇日、原因について「北朝鮮製の魚雷による水中爆発」と結論付けた。これを受けて、李明博大統領は二四日に「国民向け談話」を発表。沈没を「北朝鮮の武力挑発」と断言し、今後も同じような行動を繰り返した場合、軍事的対応も辞さないとの考えを示した。
さらに同日には、韓国の外交通商相(日本の外相に相当)、統一相、国防相が共同記者会見を開き、北朝鮮への具体的な対応策について発表。軍事的な警戒レベルの強化や南北経済協力の大幅な見直しを行なうなど、韓国政府が北朝鮮に対して強硬な姿勢で臨む考えを鮮明にした。さらに韓国政府は、北朝鮮への追加制裁を求めて国連安全保障理事会への問題提起を行なう方針で、李政権は哨戒艦沈没で北朝鮮に対して一歩も譲歩する気配を見せていない。
これに対し北朝鮮は、国防委員会が調査結果について「でっち上げ」と反発。北朝鮮の調査団派遣を認めるよう韓国側に迫るとともに、報復行為や制裁に対しては「全面戦争を含む強硬措置で応える」と主張し、双方の主張が真っ向から対立している。
浮かび上がる疑問点
北朝鮮の軍事能力は
沈没では乗組員一〇四人のうち、二〇歳代前半の若い兵士を中心に四六人が死亡・行方不明となる惨事となった。「北朝鮮による攻撃」と調査結果を得た韓国政府は、国際社会を巻き込んだ「対北朝鮮包囲網」の形成に乗り出している。だが、韓国政府が北朝鮮に対して拳を高く振り上げる一方で、哨戒艦沈没をめぐってはいくつかの疑問点が浮かび上がる。
第一の疑問は、なぜ北朝鮮は哨戒艦を攻撃できたか、という点だ。
哨戒艦が突然爆発したのは三月二六日午後九時二二分(日本時間同)のことだった。現場は朝鮮半島西部の黄海にあり、北朝鮮に近いペンニョン島の南西二・五キロ地点。現場海域は、韓国が黄海上の軍事境界線と位置付ける北方限界線(NLL)付近で、過去に南北艦艇による銃撃戦なども起きた「海の火薬庫」(韓国メディア)。昨年一一月にも同島付近で銃撃戦が起きている。
韓国軍や在韓米軍にとっては、北朝鮮という「敵」と対峙する最前線であり、海域ではNLL侵入に対して常時、厳しい監視態勢が敷かれているはずだ。その網をかいくぐって、北朝鮮はまんまと哨戒艦の撃沈に成功したことになる。日本の防衛省関係者は「海上や上空からの監視に加え、水中ではソナーを使って潜水艦の探知も行なっており、簡単には攻撃などできないはず」と首をかしげる。別の防衛省関係者も「北朝鮮が予想より高い軍事能力を持っていたか、または韓国軍の防衛能力が低かったということで、いずれにせよ韓国軍当局の衝撃は相当に大きいはずだ」と指摘する。
調査結果では小型潜水艦二隻が魚雷発射に関わったとされ、沈没の二~三日前に北朝鮮の軍港を出港し、韓国軍などの探知を避けるために黄海を大きく迂回。動きを捕捉されないようにしながらNLLを越えて、そのうちの一隻が現場海域に近づいたとする。小型潜水艦は、「致命的な打撃を与えるため」(調査発表)日が暮れるまで海底に身を潜め、闇夜に乗じて哨戒艦に近づき魚雷を発射。約三メートルの至近距離で爆発させ、その衝撃波で哨戒艦の船体を真っ二つにした。二隻の小型潜水艦は、同じルートをたどって、沈没の二~三日後に出発した港に帰還したとされる。
現場海域の水深は五〇メートルほどで、韓国軍関係者は「操縦に加えて魚雷発射まで行なうのは、海底の地形を知り尽くしたベテランでないとできない離れ業。船の構造上、最も弱い中央部分を正確に狙っている」と驚きを隠さない。
一方、哨戒艦の内部では、沈没の直前まで乗組員が恋人や家族と携帯電話で連絡を取り合っていたことも発覚。日本のベテラン自衛隊員は「艦内での携帯電話使用は、機密保持の観点からも通常は考えられない。まして最前線の海域ではなおさらのこと」と話す。韓国軍当局は「軍に『緩み』があったことは否めない」と、苦渋の表情を浮かべ、内部の規律などに問題があったことを認める。
哨戒艦沈没によって、徴兵制を敷く韓国での「国防意識」の形骸化が浮き彫りになるとは、なんとも皮肉としか言いようがない。
決定的証拠発見は
調査結果発表五日前
第二は、調査結果そのものへの信頼性だ。
合同調査団は海底から哨戒艦の船体を引き揚げ、四月には切断面の形状などから「外部爆発が原因」との見解を示し、金泰栄国防相は魚雷攻撃の可能性に言及した。韓国メディアも、船体から魚雷に使われる火薬が発見されたことなどを連日報道し、北朝鮮による攻撃説が高まった。だが、いずれも「北朝鮮の関与を推測できる」との状況証拠のみ。韓国政府当局者は「北朝鮮と国名を入れず『共産主義圏の国家が関与したと見られる』といった玉虫色の表現で発表せざるを得ない状況だった」と打ち明ける。
だが、合同調査団は五月一五日に海底から魚雷のスクリュー部分などの部品を発見。回収した部品は、北朝鮮製武器紹介資料に掲載されているCHT―02Dと一致したほか、魚雷の推進体内部で見つかった「1番」というハングル表記は、北朝鮮製魚雷の表記と一致したと説明。「北朝鮮の攻撃を示す決定的証拠」(調査発表)と自信を示した。
実際の証拠を示しながら、約二時間にわたって行なわれた調査結果の記者会見は、内容に一定の説得力はある。だが、発表の五日前に「決定的証拠」が発見されるというタイミングとともに、調査結果ではそれまでなかったとされていた「爆発による水柱」も、一〇〇メートルの高さまで達していたと軌道修正。魚雷爆発の衝撃で消失したとされていた船底の一部も、結果発表の数日前に引き揚げられたが、その調査結果は一切盛り込まれていないなど、不自然さがぬぐえない点も散見される。
そうした違和感と関連し、沈没をめぐる最大の疑問点が、韓国政府による「政治的意図」の有無だ。調査結果が発表された二〇日は、李明博政権の中間評価と位置付けられる統一地方選挙が本格的な運動期間に突入した最初の日。同選挙は二〇一二年に行なわれる大統領選の前哨戦としても注目され、与党ハンナラ党が厳しい結果となれば、李大統領にとっては残り二年半の政権運営が厳しくなることは必至だ。調査結果の発表日と選挙戦の本格スタート日が重なったことに、最大野党・民主党の丁世均代表は「(沈没を)統一地方選に利用しようとする意図が明らか」と批判した。
韓国では、選挙前に北朝鮮情勢で変化が起きることを「北風が吹く」と呼び、今回は北朝鮮脅威論を背景に、与党ハンナラ党にとって有利な「北風」が吹いたとされている。対北朝鮮融和政策をとってきた金大中、盧武鉉両政権の流れをくむ民主党にとっては強い「逆風」となり防戦に追われている。
また、韓国政府は、国連安保理に追加制裁を求めて問題提起することを表明したが、実際には中国やロシアの賛成を得られるのは困難とみられ、日米韓の連携をアピールする「政治的ショー」(韓国政界関係者)との見方も根強い。韓国の一部メディアは「六月上旬にも安保理へ問題提起」と報道するが、統一地方選挙の投開票は六月二日。対北朝鮮の世論を盛り上げ、自らの政党に有利な状況をつくろうとする手法は、いつぞやの安倍晋三氏を連想してしまう。
ある韓国政府当局者は、声を潜めてこう話した。
「日本も拉致問題で北朝鮮への強硬姿勢を示したが、自民党が支持を高めた効果はあっても、問題の解決には至らなかった。『安保政局』が続けば、韓国も同じ轍を踏むことになるだろう」
(北方農夫人・ジャーナリスト)