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マンガ等の性描写が問題を生じさせる根拠を答えられない外務省

2010年9月17日5:12PM

 マンガやアニメ、ゲームなどでの性表現を規制しようとする行政側の動きと、規制へ反対する運動がせめぎあっている。

1960年後半から永井豪氏の『ハレンチ学園』など性や暴力描写が頻出したが、国内の強かん被害者数は60年代後半から減っている。(『少年犯罪データベース』URLhttp://kangaeru.s59.xrea.com/より)

 国政レベルでは昨年八月、創作物規制を盛り込んだ児童ポルノ禁止法の改正案が、衆議院解散に伴い審議未了廃案となった。また、「非実在青少年」規制を盛り込んだ東京都の青少年健全育成条例改正案は反対の世論が盛り上がり、今年六月都議会で否決されたが、石原慎太郎都知事は九月議会(九月二一日~一〇月七日を予定)への再提出を公言。大阪府など他の自治体でも規制の動きがあり、規制反対の声も同様に強まっている。(編集部注:その後、石原都知事は9月都議会への提案は断念)

 もちろん、児童の性的な被害をなくすための取り組みが必要なことは論を待たない。問題は、マンガなどの創作物が子どもへの被害を助長しているかどうかだ。仮に助長しているならなんらかの対策が必要になるだろうし、助長していないならば規制は憲法で保障された「表現の自由」(二一条)を踏みにじる行為にほかならない。

        日本外務省が国際会議で出した公式声明の中身

 事実はどうなのだろうか。二〇〇八年一一月、ブラジルのリオデジャネイロで「第三回児童の性的搾取に反対する世界会議」が開かれた際、日本政府(外務省)は公式声明(ステートメント)を発表している。関係部分を引用しよう。

〈漫画、アニメ、ゲーム等ではしばしば児童を対象とした性描写が見られます。これは現実には存在しない、コンピューター等で作られた児童が対象ではありますが、児童を性の対象とする風潮を助長するという深刻な問題を生じさせるものであります。このような描写をどの様に規制するかが法規制上の論点となっています。また、インターネットに潜む危険から子どもたちを守るために、情報通信業界と協力し、官民が連携して対策を講じていく必要があります〉(外務省HP)

 この日本語は仮訳であり、本文は英語となっている。驚くべきことに〈深刻な問題を生じさせる〉にあたる部分は英文では〈it surely raises serious problems〉となっている(同HP)。

〈surely〉(確かに)という副詞まで使って強調しているからには、明確な根拠があるに違いない。そこで筆者は八月二〇日、岡田克也外相の記者会見で根拠を質問した。岡田外相は「突然で言われてもわかりませんので調べてみたいと思います」と後日の回答を約束した。

 時間的な余裕を考え、再質問は二週間後の九月三日に行なった。少し長くなるが、会見の概要を紹介する(なお文章量の制限上、質問は簡潔にしたが、岡田外相発言はできるだけ全発言に近くした)
///////
筆者 性の対象とする風潮を助長すると外務省は〇八年に述べられています。この科学的根拠についてお教えください。

岡田外相 科学的根拠といいますか、児童そのものの場合と、そういった漫画とかアニメという場合で直接の被害者というのは児童そのものの場合と比べて存在しないという違いは確かにあります。ただ、そういった児童ポルノという意識を蔓延させるという効果においては、実際のものであっても、あるいは漫画、アニメといったものであっても、それは変わらないということだと思います。したがって、そういった状況を助長しないという意味においては、そういったものについても含めて、議論の対象にしていくという考え方を述べたものであります。

筆者 私が聞いているのは、変わらないという科学的な根拠です。たとえば社会学者の宮台真司さんは、もともとそういった趣向がある人に引き金を引くようなことはあり得るけれども、それを助長することはついに証明できていないと言います。また最近の研究では、実際の犯罪にいかないで代替措置としてそれで満足してしまい、禁止した国の方がかえって犯罪率が上がるというデータもあります。

岡田外相 学者の中でさまざまな議論があると思いますので、ここでそういった科学的根拠について証明しろと言われても、それはなかなか簡単なことではありません。しかし、実物だからだめでアニメーションだからいいというのは、私個人的には非常に考えにくいことだと思っております。違う意見もあると思いますが、しかもこれは表現の自由に関わる話ではありますけれども、私にはその違いが大きくあるとは思いません。

AP通信記者 「アニメだからいいとは個人的には考えにくいと思う」というご発言がありましたが、それでは、大臣は、こういった描写はよくない、反対である、禁止すべきであるという個人的なお考えをお持ちなのでしょうか。

岡田外相 そういうことは、私は何も語っておりません。それは、まさしくこれから議論していく話であります。ただ、被害者が直接いない、いるの違いはもちろんありますが、しかしアニメや漫画の描写も、特に最近はいろいろな技術の発展によって、本物か、あるいは人工的につくり出されたものなのかということの差もほとんどなくなってきておりますので、そこできちんと分けるという考え方は、私はよく納得できないのです。それが社会的に及ぼす影響という観点から見たら同じではないかと、あるいはかなり近いのではないかと、そういう気が私はしています。

        あえて認めた外相の率直さと残る問題点

 質問から二週間たっても、岡田外相は科学的な根拠を示すことができなかった。日本政府として国際的な会議で行なった公式声明について、科学的根拠がないことをあえて認めた岡田外相の率直さについて正直評価したいと思う。これも政権交代の成果かもしれない。

 会見の内容が伝わると、ツイッター上などでは岡田発言への賛否のほか、外務官僚を批判するつぶやきが飛び交った。

〈「surely」という安易な単語挿入等のせいで、我が国の大臣と我が国が恥をかいたことにも憤りを感じます。まともな人権外交をするためにも、この関係の外交処理や対応は、どうなっているのかもいち国民として気になります〉(九月四日、@pinknausagi)

 表現規制問題に詳しい山口貴士弁護士はこう指摘する。

「リオデジャネイロでの会議を受けて〈児童の性的搾取を防止・根絶するためのリオデジャネイロ宣言および行動への呼びかけ〉が発表されました。この宣言を、表現規制派は創作物規制の根拠をつくる戦略の一環として位置づけています」

 表現規制派は国際的な問題視を規制の根拠として語ることがある。その根拠のひとつが、このリオ宣言や日本外務省の公式声明だが、岡田外相発言によって、公式声明は科学的根拠がない外務官僚の”作文”であることがはっきりしたといえるのではないだろうか。

 前出の山口弁護士はこう続ける。

「岡田外相は、技術の進歩によって本物か創作物かの区別がつきにくいと述べています。取り締まる側の便宜だけを重視したロジックであり、外務官僚のレクチャーの内容を明らかにする発言です。反面、明確に創作物とわかるアニメやゲームの規制根拠はないことを事実上認める発言とも言えます」

 岡田外相の発言だけで規制推進側の根拠が根本から崩れたと断言できないかもしれない。だが、規制派官僚のいい加減さが浮かび上がったことは間違いないだろう。

(編集部 伊田浩之)

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