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秋葉原ジャパン・クール!(2/4)――典型的末期症状としての「非実在青少年」問題

2010年11月23日10:49PM

     都は「源氏物語」を有害図書指定するか

 山口弁護士からメールで送って貰った東京都「青少年健全育成条例」改正案。文面を一読してびっくりした。驚くべく杜撰な代物だったからだ。とりわけ「非実在青少年」という概念には開いた口が塞がらなかった。「実在」する子どもをポルノヴィデオなどに登場させる者があるなら、現行法で処罰せねばならないのは言うまでもない。だが都条例案とされる作文には、「非実在」の未成年者の性交渉を含むやり取りを描くこと全体を、極めて乱暴に「規制」の対象としていた。

 もしこんな作文を認めたら紫式部『源氏物語』から谷崎潤一郎、川端康成まで、日本文学の主要な作品はのきなみ「規制対象」となってしまう。だが都側は杜撰な条文案はそのまま、運用レベルで特定の「有害コミック」だけを規制するから「安心して欲しい」と言う。これはしかし話が逆で看過出来るものではない。

 法治とは成文法で的確に定めたルールを守って成立する。あいまいな文案を条例と定め、運用と称して担当者の裁量で勝手に適用不適用をさじ加減するなら「法治」ならぬ恣意的な「人治」のレベルに堕してしまう。あり得べからざる退廃である。

 凡そ古今東西を問わず、恋愛文学の圧倒的多数は一〇代の青年の性関係を扱う。例えばシェークスピアの『ロミオとジュリエット』はロミオ(一六歳)とジュリエット(一三歳)の一〇代の性急な恋愛と、事故に起因する悲しい顛末を描く。二〇世紀中盤にこれをニューヨークの不良少年グループの物語に焼きなおしたのが、レナード・バーンスタインの音楽でも知られるブロードウェイ・ミュージカル『ウエストサイド・ストーリー』だ。

 私の身近でも、世界初演を指揮した松平頼則(まつだいら・よりつね)のオペラ『源氏物語』(一九九五年)の中で光源氏(二一歳)は若紫(一四歳)と無理やりの関係を持つ。渡邊守章(わたなべ・もりあき)の演出は『源氏物語』「葵」巻そのままに、極めて穏当なものだった。だがこれを「二一歳(の大学生)が一四歳(の中学生)を無理やり……」と「原作どおりに」描くなら? 性格は当然変わるだろう。演出方針一つでビジュアルは幾らでも変わる。もし『源氏』のオペラをアキバ仕様で演出したら、公演パンフレットは(かつて大島渚監督の映画『愛のコリーダ』リーフレットで問われたように)「非実在青年を描いて有害」と難癖つけられてしまうのか? 冗談じゃない、と軽い身震いすら覚えた。

 もしあんな条例を定めるのなら、東京都は『源氏物語』本体を有害図書指定するのが筋というものだ。都内の高等学校で『源氏』を教えるなどもってのほかだろう。本気であんな条例を考えるのなら、政策の整合性念頭で覚悟を決めて取り組むべきだ。むろん東京都が『源氏』を有害指定するなら、学識経験者をはじめ各界からどのような集中砲火を浴びるかは明らかだ。だが同じ事を「オタクの集まるアキバ、コミケやエロゲ」だったら、と見過ごしていて良いのか? 私にはそうは思えない。

 学生たちと出かけたアキバの「ドン・キホーテ」では、売り場で(映画『地獄の黙示録』で用いられポピュラーになった)ヴァーグナーの管絃楽曲『ヴァルキューレの騎行』が流れていた。”戦う女の子”が人気という。先に引いた「魔法少女リリカルなのは」も「美少女魔法バトルもの」だそうだ。実際ヴァーグナーの楽劇でも、美少女キャラが死を賭して戦う。「ヴァルキューレ」はそんな「戦う女神たち」の総称で、彼女たちが軍馬で天を翔ける音楽を伴奏に、アキバでは美少女キャラが鎧(よろい)に身を固めて踊っていた。

 現在私はヴァーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』のプロジェクトを進めている。これは英雄トリスタン(一六歳程度)が敵方の姫君イゾルデ(一四歳程)と、誤って性的に興奮する薬を飲んで関係を持ち、ついには心中同然の半自殺を遂げる物語だ。日本の例で言うなら、尾崎豊が盗んだバイクで走り出し、あるいは覚せい剤など無茶をやりすぎて短く燃え尽きる物語と変わらない。トリスタンの物語は古代ササン朝ペルシャに起源を持ち、アイルランド中世の物語として語り継がれたが、こうした話は今も昔も枚挙に遑(いとま)がない。ヒトが一〇代に思春期を迎える以上、避ける事が宿命的に避けがたい悲劇として、語り継いでゆくべきものと思う。

(つづく、文/伊東乾、写真/編集部)

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