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護衛艦「たちかぜ」国賠訴訟判決――いじめは認めるも責任は不問に
2011年2月18日8:36PM
殴る蹴る。金を巻き上げる――。古参隊員の”新兵”イジメは連日のように行なわれ、上官たちは見て見ぬふり。法廷で暴かれたのは、密室化した自衛隊内の無法ぶりだった。
海上自衛隊横須賀基地に所属する護衛艦「たちかぜ」(艦長・落修司1佐=当時・現在は廃艦)の新人乗組員だったAさん(享年二一)が自殺した事件をめぐり遺族が起こした国賠訴訟で、横浜地裁(水野邦夫裁判長)は一月二六日、「自殺は先輩隊員S2曹(懲戒免職)の暴力・恐喝と、上司の安全配慮義務違反が原因」(趣旨)として、四四〇万円の賠償を国とS元2曹に命じる判決を言い渡した。
「いじめについては、こちらの主張が九分九厘認められた」
弁護団(岡田尚団長)は、事実認定に限ってのみ判決を評価する。判決が認めた事実はおよそ次のとおりである。
〈S2曹は「たちかぜ」在籍七年で艦の「主」的存在だった。逆らえない空気ができていった。S2曹は後輩が仕事でミスをしたり、単に自分が不機嫌なときには、怒鳴りつけたり平手や拳で頭をなぐった。足蹴にした。鉄製の懐中電灯で殴ることもあった。
艦内の職場に工具を持ち込みナイフ作りをするようになった。さらに市販のガスガン三丁を買って無断で艦内に持ち込んだ。うち一丁は二メートルの距離からアルミ缶を撃ち抜く威力があった。これらのガスガンで後輩隊員を頻繁に撃った。Aさんも頻繁に撃たれていた。また、アダルトビデオやわいせつな画像を記録したCDを多数艦内に持ち込んでいたが、これをAさんら複数の後輩隊員に無理やり売りつけた。「ビデオ業者の名簿に載ったから抹消してやる」とウソをいってAさんから五〇〇〇円を巻き上げたこともある。さらにS2曹はCIC(戦闘指揮所)という艦の中枢部に後輩を集め、「サバイバルゲーム」と称してガスガンを撃ち合った〉
やりたい放題の古参隊員S2曹の行動に、上司らはどう対応したのか。引き続き判決から趣旨を引用する。
〈第二分隊長はAさんと面接した結果、S2曹からガスガンで撃たれていることを知った。だが上司に報告せず放置した。先任海曹は、通信機器室にガスガンが置かれていることに気がついた。またBB弾(石油樹脂製の玩具用弾丸)がCICの床に転がっているのも知っていた。艦内でS2曹がガスガンを撃つ様子を目撃したこともあった。だが何もしなかった。後に、後輩を撃ったとの話を聞き、送別会の会場でS2曹を注意した。S2曹はガスガンを持ち帰ることはせず引き続き後輩を撃ったりサバイバルゲームをした。また班長もS2曹の暴行を知っていたが何もしなかった〉
これらの事実をふまえて水野裁判長は、S2曹の虐待と上司らの怠慢がAさんを自殺に追いやったことを認めた。
だが判決が評価できるのはそこまでだと原告弁護団はいう。
〈S2曹や上司らはAさんが自殺することまでは予見できなかった、『予見可能性』はなかったと判決はいっています。自殺を招いたことの責任を否定した不当判決、控訴して争います」(岡田弁護士)
自殺で死亡するという重大な結果に対して賠償額は四四〇万円。交通死亡事故に比べてもケタ違いの少なさである。つまり国やS元2曹が賠償すべきなのはAさんが生前に受けた苦痛に対してのみ。死亡したことについては償わなくていい。だから四四〇万円なのだ。
上司の責任を認めたとはいえ下級幹部どまり。艦長・落修司1佐の責任は不問にされた。遺族は後に知るのだが、Aさんが自殺した直後、横須賀市内のアパートを隊員が訪れて部屋を調べている。海自は、部屋からサラ金の領収書がみつかったとして「自殺は風俗店通いによるサラ金苦が原因」という調査結果を出す。だが領収書の所在はいまも不明。身内の不祥事を隠すために「風俗・サラ金説」をでっち上げた疑いは拭いきれない。
「これでは息子が浮かばれません」と、判決後の支援集会でAさんの母親は涙ながらに語った。
(三宅勝久・ジャーナリスト、2月11日号)