漁民と農民を対立させる諫早湾干拓事業――長崎地裁は開門請求を棄却
2011年8月4日4:05PM
農林水産省が諫早湾干拓事業で湾を堤防で閉め切ったことが漁業不振の原因だとして、佐賀県と長崎県の漁民四一人が堤防排水門の即時開門などを求めた訴訟で、長崎地裁(須田啓之裁判長)は六月二七日、コノシロ漁等にのみ損害賠償を認めたが、事業には公共性があるなどとして開門請求は棄却した。漁民側は控訴する意向だが、国も損害賠償を認めた点について控訴する方針だ。
長崎地裁の判決について原告の一人、松永秀則さん(五七歳)は「欲しいのは金じゃない。宝の海を返せという気持ちが裁判長に分かってもらえなかった」と話した。
同じく原告の平方宣清さん(五八歳)は、「司法は原因を見つけ、問題を解決してくれる所だと思っていたのに……」と述べた上で、開門に反対している干拓地の農民に開門が阻止できるとの「希望」を与えてしまった点を批判した。
だが、福岡高裁は漁民が開門を求めた別の訴訟で昨年一二月、三年間の猶予後に五年間の常時開放を命じる判決を出した。国は、菅直人首相の政治決断で上告しなかったため、この判決は確定している。二〇一三年一二月までに開門することは国の義務になった。
だが、長崎県が出資する農業振興公社や農民らは国を相手に開門阻止を求めて同地裁に提訴、第一回口頭弁論が七月五日に開かれた。
漁民側の後藤富和弁護士は、「福岡高裁の判決が覆ることはありえない。長崎県は国が開門しなかったら強制執行の対象になることを知っているはず。それなのに、なぜ裁判をするのか」と述べ、提訴で漁民と農民の対立を激化させた点を批判した。展望のない訴訟に踏み切った理由について原告の農民は、匿名を条件にこう話した。
「最後は条件闘争になる。最初から開門を認めたら、とれるもの(補償)もとれない。しかし、本当は裁判で決まるのはおかしい。農民と漁民が和解し、防災対策や開け方を話し合って決めるのが理想」
漁民側は裁判以外の場で農民側との話し合いの場を模索しているが、当面農民側が起こした開門阻止訴訟で、農業に支障なく開門できることを示したいとしている。
開門訴訟原告の漁民・大鋸武浩さん(四一歳)は「初めて農民、漁民、国の三者がそろう。議論の深まりに期待している」と話した。
(永尾俊彦・ジャーナリスト、7月8日号)