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【北村肇の風速計】 不条理から目を背けない
2011年12月7日7:03PM
沼田まほかるの著作が書店で山積みになっている。二〇〇四年に『九月が永遠に続けば』でサスペンスホラー大賞をとったときから、その力量に称賛の声が相次いだ。「五六歳。主婦、僧侶、社長」という経歴も話題作りに一役買った。ただ、いまのような突き抜けた人気は、今年に入ってから、特に東日本大震災以降のような気がする。
最新作『ユリゴコロ』について桐野夏生は「こんな不思議な小説は初めて読んだ。恐怖や悲しみが、いつの間にか幸福に捻じれていく」と最大限の讃辞を贈る。『彼女がその名を知らない鳥たち』へは、藤田香織が「これを恋と呼ぶのなら、私はまだ恋を知らない」との書評を書いた。確かに、どの作品でも、幾重にも重なり捻じれた収拾のつかない「愛」や「恋」を、アクセルとブレーキを操りながら巧みな筆致で描ききっている。しかし、その解釈だけでは、沼田まほかるがいま”流行”作家として立ち上っている意味を解きほぐせない。
一連の作品に通底するのは、文学にとって永遠のテーマであり、多くの作家が取り組んでは自らをも狂気の世界に落ち込ませた、あの「不条理」である。
例外なく、人の心には狂気が潜む。だが、それは果たして狂気なのか。むしろ正気が狂気であり、狂気こそ正気と呼ぶべきではないのか。正気面した狂気が、真の正気たる狂気を抑圧することで、人はかろうじて自分を保っているのではないのか。解読不能な難問に、沼田まほかるは「歪んだ愛」をモチーフにして挑んだのである。
東日本大震災、原発事故は、ある種の不条理を露呈させた。人間は卑小で不完全な存在であることを思い知らせたのだ。さらに、政府の棄民政策、東電や財界の醜悪な利益至上主義は、もっと深層にあり、普段は知らず知らず抑え込んでいる本質的な不条理をもむき出しにした。「人間はどこまでいっても正気にたどり着けない」「世界を牛耳るのは善意ではなく悪意だ」――。
こうしてパンドラのふたが開き、ぞわぞわとした恐怖に耐えきれない人々は「いつの間にか幸福に捻じれていく」沼田ワールドに助けを求めた。おそらくは無意識に。
でも、私は人間を、そして自分を信じる。不条理から目を背けず不条理に立ち向かう、それこそが正気だと信じる。人間は捨てたものではない。
(11月11日号)
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