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自民、TPPで突然の方針“転換”――やはり裏切られた「聖域五項目」(横田一)
2013年11月13日11:11PM
一〇月二日、JA全中主催の集会に出席した自民党の石破茂幹事長は集まった三五〇〇人の農林水産業関係者を前に「重要五品目は必ず守る」と断言した。だが、そのわずか四日後、自民党は五項目の関税撤廃も検討すると発表。“公約破り”自民党に党内からも批判が噴出している。
一〇月六日、TPP交渉が開かれていたインドネシアで自民党の西川公也TPP対策委員長は「(重要五項目を関税撤廃の除外から)抜けるか、抜けないか、検討はしないといけない」と発言。重要五項目(コメ、麦、牛肉と豚肉、乳製品、甘味資源)の関税撤廃の検討に踏み込んだ。
完全に裏切られたのは、TPPに反対する全国農業者協同組合連合会(JA)だ。四日前の二日、JA主催の日比谷野外音楽堂での三五〇〇人集会で挨拶した自民党の石破茂幹事長は、こう明言していたからだ。
「自民党は重要五品目の関税を撤廃はしないことを総選挙や参院選で公約、政権を担わせてもらっている。これに違うような交渉はしない。農林水産委員会の決議は極めて重いものであり、私は選挙の時に『どうか強い交渉力を与えてください』とお願いしました。私どもは『重要五品目は必ず守る。国民皆保険は必ず守る』とお約束しました。これは必ず守っていくことを断言します」
集会ではJAの萬歳章会長が、重要五項目の関税維持を明記した農林水産委員会の決議採択を紹介、順守を政府に求めてもいた。萬歳会長に石破幹事長の発言について聞くと、こう答えた。「自民党幹事長が『重要五品目は守る』と言った。我々の思いも理解されて、自民党も決議をしたのですから、それは評価します。交渉事だから手を緩めるわけにはいきません。そういう思いで我々もさらに、きちんとした確認ができるまで頑張っていく」
だが別の農協幹部は、安倍政権の裏切りを予想する発言をしていた。
「石破幹事長の発言はお手並み拝見です。とにかく決議を守り、国益に適わなければ、脱退していただきたい。石破幹事長は『強い交渉』と言いましたが、実際は米国から無理難題を押し付けられている。鶴岡公二首席交渉官がTPP交渉に当たっていますが、我々が満足するような『鶴の恩返し』はないと思います」
大荒れの自民党部会
公約違反が明らかな“西川発言”には、官邸主導で秘密裏に交渉が進むことに不満を募らせていた自民党議員から批判が噴出した。一〇日の「外交・経済連携本部・TPP対策委員会合同会議」でのことだ。議題は「TPP交渉閣僚会合・首脳会合(バリ)について」で、甘利明経済再生担当大臣や石破幹事長も出席。西川氏が発言について釈明したが、質疑応答になると、出席議員から厳しい意見が続出した。
重要五項目が守れなかった場合は脱退も辞さないと明記した決議について、甘利明大臣が「しっかりと受け止め、交渉していく」としか答えなかったことを問題視したのが、比例東北の高橋比奈子衆院議員。
「国民の利益を守ることと国民の要望を盛り込んだ決議をしっかりと守ることが大事。石破幹事長には『必ず決議を守る』と言っていただいたが、甘利大臣はどうも曖昧な面がある。脱退も辞さない覚悟を絶対に譲ってもらいたくない。(西川氏が言った)『落とし所』という問題ではない」
続いて山形二区の鈴木憲和衆院議員も、「TPP交渉前に政府は関税の意味を把握しているべきで、交渉に入った段階で今更(関税の検証を)やることはナンセンスだ」と一刀両断にした上で、「西川発言は今回のTPP交渉でどういう意義があるのか。交渉を後押しするものなのか」と問い質した。これに対して西川氏は、鈴木氏が農水省出身であることから「農水省が、あんたの {故郷} が頑張っていれば、(検証結果は)もっと早く出たのだよ」と反論。「一二月中旬が(TPP交渉)妥結の一つの目安。少なくともその一カ月前には数字を出さないといけない」と検証を進める方針を強調した。
これに対し、埼玉八区の柴山昌彦衆院議員は、「なんでクリスマス前に急いで締結をしないといけないのか。オバマ大統領がいま非常に不調で米国に若干強いことを言える状況になっているのではないか。(妥結内容を)より良いものができるのであれば、少しぐらい遅れてもいいのではないかと考えている人は大勢いる」「仮に急がなければならないのだったら日本にどういう急ぐメリットがあるのか、説明をしていただきたい」と突っ込んだ。
だが政府側の西村康稔内閣府副大臣が的外れの説明を三分間も続けたため、しびれを切らした柴山氏が「私が言っているのは、なぜクリスマス前なのか、ということです」と一喝すると、西村氏は「首脳間で目指して(交渉妥結を一二月に)やろうというわけですから」と説明した。
柴山氏は「それは目安ですよね」と聞くと、西村氏はこう答えた。
「『年内の妥結を目的に、残された課題の解決に取り組むことに(首脳会合で)合意した』とありますので、ひょっとしてまとまらないのかもしれませんが、この点は是非ともご理解をしていただきたいと思います」
しかし鳥取二区の赤澤亮正衆院議員は「(日本政府が)言うべきことを言えているのか」と指摘しながら、妥結時期自体を疑問視した。
「いま米国は、政府が(TPP交渉で)合意して持って帰っても議会で修正をされかねないという状態で交渉しているはずです。今日の会議の中で『パッケージで合意をするのだという共通認識を関係国が持った』という話がありましたが、わが交渉団は間髪を入れずに『米国政府は乗れるのですか。TPA法(後述)ができていない(成立していない)状態で、このまま交渉を続けて、部分修正なしで本当に通せるのですか』と誰か発言したのでしょうか」
年内妥結は不可解
TPPを一括批准するために必要なのが「TPA大統領貿易促進権限法案」だ。山田正彦元農水大臣は「米国では外交交渉の権限は大統領ではなく、議会にあるため、TPP一括批准には通商権限を大統領に与えるTPA法案を可決しなければならないが、この法律は〇七年に失効、新たな法案の成立が必要だ」と話す。
ワシントンの報道関係者も同じ見方をしていた。「債務上限問題で米国議会は大混乱、TPA法は審議の目途さえ立っていない。日本がTPP年内妥結を急ぐのは全く不可解」。
こうした米国の政治状況を踏まえて赤澤氏は、こんな提案をした。
「『米国がTPA法を成立させるまでは(日本の譲歩が目立つ)自動車の二国間交渉を止めませんか』と提案する。相手が困ることを言わないと、譲歩なんか引き出せない。オバマ大統領と仲良くしようだけだと、取れるものも取れないので」
“西川発言”を批判する発言は、予定時間(一時間)を過ぎても続出したが、最後に石破幹事長が「公約を守るためにやっている」と西川氏を擁護、最終的には関税の検証作業に入ることは了承された。
合同会議に参加した中堅国会議員はこう総括する。「政府を監視する役割の西川氏が農業団体や国会議員を裏切って、官邸に擦り寄ったと言える。農業分野はもちろん保険制度や公共事業入札や知的財産分野など国民生活全般に影響を及ぼすTPPについて一二月中に国民的議論を尽くすことは日程的に不可能だ」
「オバマ大統領の“下僕”」と化したように見える安倍晋三首相は、公約違反をしてでも年内妥結を目指す方針のようだが、農業団体やTPP慎重派国会議員との対立が激化するのは確実。年末に向けて山場を迎えるTPP動向から目が離せない。
(よこた はじめ・ジャーナリスト。10月18日号)
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