国家公務員の宿舎使用料値上げに防衛省が反対――「即応態勢が悪化」は本当か
2013年11月26日3:51PM
国家公務員宿舎(官舎)の使用料(家賃)引き上げをめぐり、それを阻止しようという防衛省および自民党国防部会(部会長・中山泰秀衆院議員)と財務省との綱引きが続いている。防衛省側が「引き上げ阻止」を求める理由は「即応態勢が著しく悪化する」とのことだが、本当にそうなのか。
官舎の家賃値上げは昨年一一月の民主党政権時に国会で可決。全国に一万六八四カ所(約二一万八〇〇〇戸)ある国家公務員宿舎を二〇一六年度末までに半減させ、二〇一四年度からは家賃と駐車場代を段階的に引き上げて、平均二倍弱に値上げする――というのが財務省の計画だ。
これに異を唱えるのが防衛省と自民党国防部会で、家賃据え置きを財務省に要求。現在、不定期で密室協議を続けている。
そもそも自衛官は「指定場所に居住する義務」が自衛隊法五五条で定められている。全自衛隊員二三万六二四五人のうち、駐屯地などの営舎内に居住する義務のある隊員が全体の三割近く、約七万人いる。家賃値上げの対象は営舎外の官舎に住む二割近くの約四万七〇〇〇人だ。防衛省側の言い分はこうだ。
官舎の家賃が引き上げられた場合、官舎に居住する自衛隊員四万六九三四人のうち、約五四%に当たる二万五二一〇人が民間住宅への「転居」を希望していることがアンケート調査で判明。その希望者が実際に転居すると、「緊急招集」をかける際、参集状況は〈表〉のように“悪化”するという。
つまり、一時間未満で参集できる隊員が現状二万九四一六人いるのが値上げ後は一万六七一六人になり、一万二七〇〇人も減る。同じく参集まで三時間以上かかる隊員が現状七六一一人から一万九三九八人に増える――との推計だ。
【「即応態勢」の定義なし】
「いくら家賃が二倍近くになると言っても、官舎に住む隊員の半分以上が民間の賃貸に転居するなど、まずありえない話です」
そう話すのは元自衛官のAさん。
「官舎より高い家賃を払って、わざわざ通勤に時間のかかる所へ誰が行きます? 自分の負担が増えるだけじゃないですか。危機管理や即応態勢が大事ならなおさら遠くへなど引っ越しませんし、上司も許すはずがありません。この数字はそうした前提を無視したものですね」
「即応態勢」とは具体的に何を指すのか。防衛省に聞くと、「明文化された定義はない」(防衛省内局報道室)と言う。
「ローテーションで回っているので、全員が一時間以内に参集せよということではありません。たとえば、初動対処部隊のローテに入っている人は一時間以内をメドに参集できる態勢を組む。あとは部隊ごとに災害派遣計画を定めており、それぞれ参集時間を決めています」(同)
どこに住もうと、ローテに入れば緊急招集の対象者になる。となると、定義なしの「即応態勢」と「転居」はそもそも直接的には関係ないことになる。しかも、Aさんの言うように隊員の居住場所についてはなるべく勤務地の近くに住むよう個別に指導されるため、かりに転居しても勝手に遠くに住めるわけではない。
官舎から民間の賃貸に転居した場合、上限二万七〇〇〇円の「住居手当」が隊員に支給される。防衛省としては転居で官舎の家賃収入が減る上、新たにこの手当分の経費が増えることになる。じつは「即応態勢」は体のよい口実で、こちらが最大の懸念材料ではないか。
財務省側は、「今回の計画は元々、国家公務員の宿舎使用料が民間に比べて低すぎるという批判に応えるのが目的。特定の省庁だけを特別扱いできないが、業務を円滑に進められるよう協議中」(国有財産調整課)と渋い口調で話す。
災害時に緊急招集されるのは自衛隊員も一般の公務員も変わりがない。なお、防衛省にアンケートの質問内容など詳細の明示を再三要望しているが、本稿締め切りまでに返答はなかった。
(片岡伸行・編集部、11月15日号)