【谷村智康の経済私考】“善意”を装った情報収集・解析アプリの実態――広告はプライバシーにどこまで踏み込むのか
2014年4月18日5:35PM
筆者はマイコン少年のなれの果てなので、パソコンやインターネットには少々詳しい。そのため知人などに買い替えやメンテナンスを請け負うことがある。先日は「漢字変換がおかしい。単語登録してあったはずの言葉が出てこない」というので、早速見にいった。
確かに変換効率は悪いし、登録してあった単語が変換されない。調べてみると「バイドゥ(百度)」という中国製のかな漢字変換システムがいつのまにかインストールされていた。常識的なウイルス対策はしてあったが、「バイドゥ」はいわゆるコンピュータウイルスではなくアプリケーション。ウイルス対策をすり抜けていた。
不都合なのは、変換した文字がいちいち中国の同社のサーバーに送られてしまうのだ。つまり、何を書いていたのかが丸わかりなのである。一部の役所のPCにこの「バイドゥ」が入り込んでいて、機密漏洩が懸念されたニュースを目にした人も多かろう。
市井のユーザーに特段の機密があるわけではなかろう。が、削除しようとすると、萌えキャラが出てきて「お願いですから削除しないで下さい」と懇願してくる。かまわず削除すると、アンケートソフトが立ち上がり、ビジネスソフト然として「どのような点が不満でしたか」を聞いてくる。忍び込むだけでなく、削除されない工夫もされているのには、少々、驚いた。
すべて削除してリスタートしたところ、今度は「グーグルプラス」のインストールの勧めが出てきた。このソフトはパソコンのデータを無料でインターネット上にバックアップしてくれるもので、パソコンが壊れた際にもデータを復旧できるのだが、無償なのには裏がある。テキストはもちろん画像データすら解析される。数百枚の写真を幾億人かのユーザーがバックアップとして登録すると、その写真の中から、同一人物を探し出して、誰がどこにいて、どういう交友関係であるかがわかるしくみである。
同様のシステムがJR大阪駅の監視カメラに導入され、人物特定をしようとした(反対の声があがり今のところ頓挫している)ところからもわかるように、これは被害妄想でもSFでもない。「バイドゥ」の思惑はわからないが、「グーグルプラス」は広告の精度を上げるために情報を収集・解析している。商業ベースで稼働しているのである。
こうした「スパイウェア」はいわゆるコンピュータウイルスではない。通常のセキュリティソフトでは侵入を防ぐことができないのだ。むしろ “善意”を装ってインストールを勧めてくる。無償で、出来映えもいい。グーグルが提供するかな漢字変換システムは、インターネット上の膨大なテキストに基づいて稼働するので、とりわけ固有名詞の変換には強い。『週間金曜日』といったミスタイプはまず起きない。使いようによっては市販のソフトよりも便利である。ただし、プライバシーを代償として。
自衛するにはけっこうな知識が要る。と考えるより、個人情報を収集してまわるソフトを、善意を装って、こっそりと導入させるのが社会的公正に照らしてどうなのか、と考えるほうが筋だろう。「バイドゥ」が問題になったように、無償ソフトと広告のあり方の社会的合意が求められているのではないか。
(たにむら ともやす・マーケティングプランナー、2014年4月4日号)