森富子教育長の性差別発言──「食事を作るのはお母さん」? PTA研修会で目が点に(瀬地山 角)
2014年10月28日2:14PM
渋谷区のPTAの研修会で、女性の教育長が「(食事を)作るのはお母さんですから」と平気で発言した。ジェンダー論の立場から抗議をしたが、訂正にも後ろ向き。問題の深刻さがわかっていないとしか思えない。
子ども二人が小中学校に入り、9割以上やっていた保育所の送迎がなくなって、主な家事分担は毎日の夕食づくりくらいになった。家事育児を半分以上分担することは、私の研究上の原点でもある。毎食合格点がもらえるわけではないが、子どもには「夕食を作っていたのは父親だった」という記憶を残したいといつも思っている。
当然、学校のPTAでの役割も分担することになるのだが、私の住む東京都渋谷区の公立小中学校におけるPTAでは、集まりで私以外に男性がいるのをほとんど見たことがないのだ。
問題の研修会は6月6日金曜の午前中、渋谷区役所のホールであったもの。平日の午前中で、しかもテーマが食育。参加者は百数十人だったろうか? 予想はしていたが、ほぼ女性だけ。男性がゼロというわけではなかったが。
そこで渋谷区の教育長である森富子氏(61歳)が、「(食事を)作るのはお母さんですから」と言ってのけたので、目が点になった。子育てには食事が重要で、というお決まりの話の延長なのだが、女性が中心だったので、軽い気持ちで発言したのかもしれない。しかし教育長という要職にある人間が、保護者相手の研修会でこのような差別発言をすることは許されない。
講演が終わった瞬間に手を上げて、「『食事を作るのはお母さん』というのは、性差別発言で問題です」と指摘した。ところが森教育長の答えは「すみません、お父さんも、それからおばあちゃん。うちはおばあちゃんでした」というもの。こちらは作り手の性別を問題にしているのであって、お母さんが「おばあちゃん」になったところで何も解決しない。「ジェンダーの問題が根本的にわかってない人なのだな」と思い、頭を抱えた。
「女性を意識」するとあの発言に?
会場中が女性だから口が滑ったと、言い訳をするのかもしれない。しかしジェンダーについて意識があれば、これは絶対に言ってはならない「暴言」だ。少なくとも聴衆にごくわずか男性がいたことは見えたはずだ。私を含む彼らに「食事を作る必要はない」と伝えている。だから私は聞いた瞬間に怒りを覚えた。そして何よりも、その場にいくらかはいたであろう、不本意ながら家族の食事作りに縛られる女性に「逃げ道はない」と宣告する抑圧的なものである。そもそも自分はおばあちゃんにやってもらっておいて、なぜ「作るのはお母さん」と言えるのだろう? 小学校の校長を務め、教育長まで出世するには、「食事を作るのはお母さん」という生き方をしてきた女性ではなかったはずなのに、どうしてこんな発言が出てくるのか。
男性のこの手の発言を聞いて、悔しい気持ちを抑えてきた女性はやまほどいるはずだ。だとすれば、男性のジェンダー論研究者が批判するということに意味があるのかもしれないと考えた。そこでこの発言が渋谷区の男女共同参画行動計画に明白に反したものであることを指摘し、全PTA構成員に対して訂正をするよう文書で求めた。
返ってきた回答は、次のもの。
「研修実施の日程から、女性保護者の参加が多く、女性講師の多くが自らの体験を話すなど、対象者を意識した講演内容となっておりました。そうした中で、最終日の私の発言についても、自らの体験を語ることで、参加者のご理解を深めていただくことを意図し、先の発言となりました。
しかしながら、瀬地山氏が指摘されている『渋谷区男女共同参画行動計画(第3次)』にございます、区の取り組みの方向とはそぐわないものでございました。渋谷区の教育を担うものとして、今回の発言の重みを十分に受け止め、自戒を促すと共に、今後は、教育長として……(中略)……研鑽を積んでまいります。
最後に、今回の発言については、まずPTA役員会等を通じて経緯を説明し、訂正させていただきたいと存じます」
「対象者を意識し」ての発言というのなら、「いじめっ子対象の研修」では「いじめたくなることもあるよね」という発言も許されてしまう。つまり発言の問題性を、聴衆の属性に還元することは許されない。この発言が女性に対してこそ、抑圧的に働くということをまったく理解していないのだ。
こんな発言を仮に安倍首相がしたら、マスコミは大騒ぎになるだろう。教育長(教育委員長とは別)というのは、首長が指名し、議会の承認を経て任命される教育委員5人の互選で選ばれる。事務方とは異なり、政治任用のポストなので桑原敏武渋谷区長の任命責任に直結する。公開の場での訂正を避けようとしていることも明白である。さらに「自戒を促す」との不可解な表現には資質を疑った。
聴衆の属性を理由にした点と訂正に後ろ向きである点。この2点はやはり許せず、2通目の抗議文を送ったのだが、ここから区教委は一切の返答をよこさなくなった。そこで「東洋経済オンライン」で7月10日にこの問題を取り上げたところ、私の連載の中でも最大の20万人以上のアクセスと、「いいね!」が7800というものすごい反響があった。この時も「東洋経済」側が区教委にコメントを求めたのだが、「コメントはない」との回答。そのうちうやむやになると読んだのだろう。そもそも訂正したのかさえ連絡してこない。
ジェンダーに理解ある? 区議も意味不明な説明
そこで面会を求めるために、区議を介すことにした。ジェンダーの問題に比較的理解があるという噂を聞いた何人かの区議にアプローチした。共産党は全員無回答。一番おもしろかったのが民主党から無所属に転じた岡田マリ区議だ。
「森教育長は食育について詳しいということ、これまでの教師だった経験からとにかく子どもたちのことを一番に考えておられる方で、今回ご指摘のような発言をしてしまったようです。ご本人や同席者に確認しましたが差別を意図したり助長するような発言ではなかったようです」という回答がきた。
ジェンダーに理解のある区議と聞いていたのだが、(1)どうして「子どものことを一番に考える」と、「食事はお母さん」という発言が出てくるのか、さっぱりわからない。読んだ瞬間に吹き出した。(2)「意図して差別した」と公言する人はまずいないし、そんなことをしたらクビが飛ぶ。PTAの研修会という公の場で、重職にある人間が、男女共同参画行政では決して許されない発言をしたことをこちらは問題としており、だからこそ公開の場での訂正を求めているのだ。(1)については、文章として意味不明なので説明してほしいとメールを送ったが、返事はなかった。
複数の区議に打診したが、まともな回答をくれたのは鈴木健邦区議(民主党)のみ。森教育長への2通目の抗議文には返事すらこなかったので、鈴木区議が面会の要望を伝えてくれたのだが、「すでに回答済みで会う必要はない」という返事が事務方から返ってきた。そのことを根拠にして鈴木区議は今月末の区議会の中で質問として取り上げるとのこと。森教育長の返答を期待したい。
その後別件で森教育長とすれ違うことがあり、「なぜ会うことすら拒否なさるのか」と聞いたところ「私は性差別はしていない」とのこと。私はこれが「大した問題ではない」と思われることを一番心配している。森教育長があの発言を「性差別ではない」と認識している限り。というわけでこのバトル、いまだ「現在進行形」です。
(せちやま かく・東京大学大学院総合文化研究科教授。専門はジェンダー論。著書に『お笑いジェンダー論』(勁草書房)など。9月26日号)
※瀬地山角さんによる森富子教育長のインタビューが実現しました。仰天のインタビュー記事は、10月31日発売(一部地域除く)の『週刊金曜日』10月31日号に掲載されます。