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安倍政権の本音は裁量労働制の拡大だ――残業代カットが合法化!?

2015年5月18日11:59AM

ブラック企業被害対策弁護団などが開いた「ブラック法案によろしくシンポ」でアピールする参加者=4月23日、東京・千代田区。(撮影/東海林智)

ブラック企業被害対策弁護団などが開いた「ブラック法案によろしくシンポ」でアピールする参加者=4月23日、東京・千代田区。(撮影/東海林智)

「われわれにとっての目玉は残業代ゼロじゃないですよ」

1年前、東京・大手町に本社を構えるある商社系の人事担当者の意外な言葉を聞いた。当時、厚生労働省の労働政策審議会で検討されていたホワイトカラー・エグゼンプション(WE・残業代ゼロ制)に対する、企業の本音を取材しようと訪れた。小一時間話を聞いたが、今ひとつピンとした答えが返ってこない。残業代ゼロ制度のこともよく知っている感じではない。大手の人事がこの程度ではまだ、取材が早かったかなと思い引き上げようとした時に、人事担当者は冒頭の言葉を発した。「え、じゃ何ですか」と問うと「裁量労働制ですよ」と答え、こうつけ加えた。「いつ使えるようになるか分からないエグゼンプションより、すぐに使える裁量制拡大ですよ」

安倍晋三政権が閣議決定した労働基準法改正案。メディアの関心はもっぱらWEに向いている。労基法の根本規制である労働時間規制(1日8時間、週40時間など)に“穴”を開けるWE制度の創設は大問題であり、決して許してはいけない。だが、その陰に隠れるように盛り込まれた企画型裁量労働制の対象拡大が、実は経営側が目玉として切望する“改正”なのだ。

裁量労働制には、専門業務型と企画業務型の2種類あり、改正のターゲットは企画型。裁量労働制は予め決めた時間を働いたと「みなす」制度。決められた時間は実際、働いたかどうかは関係なく働いたとみなす。たとえばみなした時間を9時間とする。その場合、6時間だけ働いても9時間働いたことになる。逆に18時間働いても、働いた時間は9時間である。

働く側に労働時間を決める裁量があれば、短時間勤務も可能になるだろう。だが、実質的に裁量を持たない労働者がこの制度に取り込まれれば、残業代を合法的にカットできる制度となってしまう。そのため、裁量を持つ者の要件は厳しく設定される。適用されている労働者は企画型で0・3%程度だ。経営側はここが不満だ。「使い勝手が悪い」「(要件が)厳しすぎる」と適用拡大を求めてきた。

【首相の無責任な答弁】

今回の改正案でどのように対象が広がるのか。法案要綱は非常に分かりづらいが、煎じ詰めれば(1)法人向けに提案型の営業をする者(2)現場で営業の業務管理を行なう者――の2類型だ。対面販売などの営業やルートセールスなど単純な営業でない場合、すべての営業職が適用対象になる可能性がある書き方だ。厚労省は「単純な営業はダメだし、高度な営業でなければ適用できない」と言うが、分かりづらい文言でいかようにも解釈できる書きぶりである。ブラック企業が社会問題のご時世、企業の倫理感などに期待はできない。

しかも、裁量制には、WEと違い年収要件はない。300万円だろうが200万円だろうが、一定の経験があれば20代半ばの営業職も対象にされてしまう。

3月30日の予算委員会。民主党山井和則衆議院議員が安倍首相に「若者や低所得の営業マンにも裁量労働制を拡大することは過労死を増やすのではないか?」と質問すると、首相は「考えにくい」と答え、山井議員から「無責任な答弁」と断じられた。みなしの平均は約8時間20分だが、実際に裁量制で働く人の約5割が12時間以上働いている(厚労省労働時間総合実態調査13年度)。残業代に相当するとされる裁量手当があるとは言え、残業代カットが露骨に合法化されるようなものだ。加えて、労働時間が曖昧で、過労死などの被害に遭った際の労災認定は非常に困難だ。労働弁護団の棗一郎弁護士は「労働時間の立証が困難で、過労死認定に非常に苦労する。命を脅かす拡大を許してはいけない」と警鐘を鳴らす。

圧倒的多数の与党の下、今国会で成立しかねない労基法改正は、WEで労働時間規制に穴を開けるという名を取り、裁量労働制の拡大で残業代カットの実を取ることが企まれている。私たちの時間が盗まれようとしているのだ。今春のメーデーは大きな山場を迎える。

(東海林智・ジャーナリスト+本誌取材班、5月1日号)

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