植村隆氏、韓国の大学に招聘で“北星問題”決着だが――問われる日本の「正義」
2015年12月14日10:48AM
「慰安婦」問題を書いた20年以上前の記事を理由に勤務先の北星学園大学(札幌市)を「辞めさせないと爆破する」などと脅迫されていた非常勤講師の元『朝日新聞』記者植村隆氏(57歳)が、韓国の私立カトリック大学に招かれ来春、北星大を去ることになった。北星大は1年間、雇用を守ったが、日本社会全体で脅しから守りきったとは言えない結末となった。
植村氏と北星大の田村信一学長が11月26日、同大で開いた記者会見によると、植村氏は来年3月から1年間、東アジア言語文化学部日本語日本文化学科の招聘教授(客員教授)として、ソウルの隣町、富川市のキャンパスで週1、2回、日韓交流史などを韓国語で講義する。
カトリック大から打診があったのは10月下旬。同大は医学部を持つ総合大学で、北星大と交換留学協定を結んでいる。2012年から植村氏が北星大で教えてきた国際交流特別講義を受講したカトリック大の学生も多い。この9月には、教え子のカトリック大生が中心となり、雇用継続を求める917人の署名を韓国で集めた。
植村氏は、マスコミに名乗り出る元日本軍「慰安婦」がいなかった1991年、ソウルで元「慰安婦」が市民団体の調査に応じたという記事を書き「『慰安婦』問題の火付け役」として昨年、否定派から追放運動を起こされた。学生を痛めつける、高校生の長女を殺す、などの脅迫、抗議が殺到。北星大はいったん雇用打ち切り方針を発表したものの、世論に後押しされる形で「脅しには屈しない」と雇用継続を決めた。しかし、教職員の間では、3000万円を超すとされる警備費や疲労感を理由に来年度の雇用継続には反対の声が強く、田村学長は9月までに植村氏へ「雇用継続は厳しい」と伝えていた。
会見で、植村氏は「警備に大変な費用と人員をあて、学生、教職員に迷惑をかけたことが心苦しい。私が新たな一歩を踏み出せるのも、北星が一緒に闘い、多くの人たちがこの闘いを支援してくれたからだ。日韓の過去を知り、未来を考えるような講義をしたい」と述べた。田村学長は「学内に多様な意見があり、学長として悩んだのは事実。だが雇用に関する学内手続き、決定は何もしていない」と強調。北星大脅迫を「日本の大学のあり方に対する挑戦だ」として今後、(1)植村氏とはシンポジウムの講師や特別講義などの形で連携する(2)大学にきた攻撃、応援のメールや手紙、声明をなるべく早く全部収集・公開し、広く社会に事件を問う――方針を示した。
【他大学の姿勢、日米でも差】
会見後。ネットでは「ついに日本に居場所を失ったか」などと韓国行きを「評価」する「慰安婦」問題否定派の書き込みがあふれた。
実際、北星大は安保法制反対運動の先頭に立つ教員もいるなどリベラルな学風だが、学内情勢は「招聘がなければ雇用打ち切りは確実」(北星大幹部)だったという。在日コリアンの人権問題に長年取り組んできた北海道大学元講師の山本玉樹氏(86歳)は嘆く。「われわれ日本社会の力が足りなかった。戦争法(安保法制)と北星問題は民主主義を守るという点で地続きなのに、切り離して議論していた」。
象徴的なのが他大学の姿勢だ。植村氏を最初に講義に招いたのは、シカゴ大学、UCLAなど米国の6大学。その後から日本の上智大学、北大、明治学院大学が続いた。支援の声明も、明治学院大など教員有志のものはあるが、大学としてはない。植村氏を雇おうという動きもなかった。
カトリック大の朴永植総長は、軍事政権下、韓国の民主化運動を支えて国民の尊敬を集めた故・金寿煥枢機卿の元秘書だ。昨年、韓国紙『東亜日報』の「10年後、韓国を輝かせる100人」に選ばれるなど、大学経営も「やり手」で知られる。その朴総長が、植村氏を招く理由としてこう語ったといわれる。「Justice(正義)」。
かつて植民地支配をした韓国からいわば救いの手が差しのべられた形での決着に今、日本の「正義」が問われている。
(長谷川綾・新聞記者、12月4日号)