直接証拠のない今市事件で、無期懲役の判決――自白調書前提に大きな疑問
2016年4月26日10:23AM
「足利事件をくり返さないで」「不完全な可視化は可視化じゃない」
6年前に無罪が確定した菅家利和さんを支援する会の3人が4月8日、宇都宮地裁前でプラカードを掲げていた。一審有罪でまた一人、何十年も獄にとじ込められる冤罪者が出る危険性が出てきた。
2005年の栃木県今市市(現日光市)小1女児殺人罪に問われた男性(33歳)の裁判員裁判で同地裁(松原里美裁判長、水上周・横山寛各裁判官、裁判員6人)は同日、求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。
この裁判では、直接証拠はなく、取り調べの録音・録画が7時間以上にわたって法廷で再生された。
裁判長は「被告人が犯人でないとしたなら説明することができない事実関係が含まれているとまではいえず、客観的な事実のみからは被告人の犯人性を認定することはできない」と述べた。一方、判決は商標法違反での逮捕後や殺人での逮捕前に行なった取り調べに違法性はなく、取り調べの録音・録画などからも、取調官により恫喝や暴行が加えられた事実はなかったと判断。その上で、捜査段階での自白について、「取調官の誘導と合う内容もある」としながら、録音・録画を根拠にして「取調官による誘導を受けた形跡がない」「あらぬ疑いをかけられた者の態度としては極めて不自然」「被告は処罰について強い関心を示し、処罰の重さに対する恐れから自白するかどうか逡巡、葛藤している様子がうかがえる」とも述べた。
裁判長の認定のほとんどは、別件の商標法違反での逮捕から約5カ月後に取った自白調書を前提にしている。有罪にした根拠は、法廷で再生された録音・録画での心証だ。裁判官と裁判員が物証がないことを認めた上で、録画映像を頼りに、男性の法廷での態度まで問題にして、想像、推測で「犯人」と判示したのは、自白について規定した憲法38条に違反している。
裁判員・補充裁判員の7人が閉廷後、同地裁会議室で会見し、「決定的な証拠がなかったので(犯行を自供した)録音・録画がなかったら判決がどうなっていたかわからない」などと録音・録画に強く影響されたと口を揃えた。裁判員は裁判長の犯人視裁判の共犯にされた。裁判員の中には、「抜けている部分が多いのかなという印象を持った。空想になってしまうので、もっと公開する範囲を広げるべきだ」という注文もあった。
【「可視化」で自白強要隠蔽か】
冤罪を防ぐための可視化が、捜査当局の自白強要を隠蔽するために使われた。裁判長こそ想像、空想に基づいて判示している。
弁護人の一木明弁護士らは閉廷後、記者団に対し、「自白で判決を書くのは危険だと言われているのに、自白を重視した判決を書かれたことが一番納得できない。判決は、最初は殺すつもりはなかったなどと検察官も誰も言っていないことを推測して自白前提の判決になっている」と批判した。また、「録画のないところで圧倒的な権力関係を利用して被告人を支配し自白に追い込んで、録画できるひな壇に連れてきて同じことを繰り返させた。国会で刑訴法等改定法案が問題になっているが、取り調べが全面的に録画されていればこのような判決にならなかった。滑稽なことだが、可視化していない時の取り調べの状況を法廷で証人尋問するなどして調べる必要が出てきた」と語った。弁護団によると、男性は「真実を法廷で述べているのに、どうしてこういう判決が出てしまうのか自分にはわからない」と述べ、控訴する意向を示した。
弁護団は国選だ。私は「控訴審に向けて、可視化の問題に取り組んでいる日本弁護士連合会、救援団体などと共に支援態勢をつくるべきではないか」と質問した。一木弁護士は「今のところそれはない。しかし、冤罪を作ってはいけないという強い気持ちでやってきた。このままでは冤罪として確定してしまう。二審の弁護団態勢は決まっていないが、一審で排斥された獣毛や、粘着テープに関する鑑定などで無実を証明したい」と決意を述べた。
(浅野健一・ジャーナリスト、4月15日号)