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「ニッポン一億総活躍プラン」で給付型奨学金は先送り――参院選若者対策メド立たず
2016年6月14日11:21AM
政府が31日に閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」は少子化をにらみ、「次世代育成支援」を柱に据える。しかし、目玉と目されていた、返済不要の給付型奨学金については「検討」にとどめ、結論を年末に先送りした。大学生らを対象とするこの制度、18歳選挙権が適用される7月の参院選を見据えて政府・与党一体で打ち上げたのはいいが、巨額に上る財源を賄う見通しは立っておらず、実現可能性は大きく揺らいでいる。
5月18日、政府がまとめた一億総活躍プランの給付型奨学金に関する表記は、「世代内の公平性や財源などの課題を踏まえ検討する」との一文にとどまった。加藤勝信担当相は「文科省案も取り入れ、政府として議論していく」と説明し、年末の予算編成で議論する方針を示したものの、学生支援団体からは失望の声が上がった。
学生支援団体らが期待を寄せていたのは、安倍晋三首相が踏み込んだ発言をしていたからだ。首相は3月29日、2016年度予算の成立を受けた記者会見で「本当に厳しい状況にある子どもたちには、返還がいらなくなる給付型の支援でしっかり手を差し伸べる」と述べ、給付型制度の創設を表明した。
当時は匿名ブログが発端となり、待機児童問題への批判が起きている最中だった。子育てや教育分野で得点を稼ぎたい政府・与党は一体となって素早く動いた。
首相の表明から6日後の4月4日、自民党教育再生実行本部の渡海紀三朗本部長ら自公両党の文教族が官邸を訪れ、給付型奨学金を補正予算案に含めるよう首相に求めた。「検討する」と応じた首相は、卒業後の所得に応じて月々の返還額が決まる「所得連動返還型」の奨学金を2017年度から導入することや、無利子の奨学金を拡充する方針に触れ、「安倍政権は、給付型奨学金の突破口になることをやっている。ぜひ皆さんに理解してほしい」と胸を張った。
【政府内に根強い慎重論】
参院選を前に政府・与党が大学生に秋波を送るのは、国の奨学金事業には「貸与型」しかないという事情がある。有利子と無利子の制度があるが、いずれも返済を要する。日本学生支援機構の制度を利用している学生は無利子が約45万人、有利子は約96万人。この20年で3倍に増え、大学生の二人に一人は受けている。しかも、増えた分の大半は有利子の利用者だ。
背景には、非正規雇用の割合が4割に達し、教育費を負担できない親が増えていることがある。また、12年の「大学卒業から1年未満に初職についた人の非正規の割合」は、24・3%(総務省調査)。07年調査から2倍近く増えており、就職しても奨学金の返済が「教育ローン」として重くのしかかる。奨学金を返済できず、個人信用情報機関に登録された件数(ブラックリスト入り)は、10~14年度の累計で約5万1000件に上る。ブラックリストに載ると、クレジットカードを作れず、住宅ローンが組めなくなることもある。
野党は、「どこまできちんとした対策を打ち出すのかが問われる。一応言うには言ったが、まだ中身はない」(志位和夫共産党委員長)などと牽制している。これに対抗し、政府は土壇場で一億総活躍プランの文言を「給付型奨学金の創設へ向けて検討する」へと修正し、一歩前向き感を出した。
とはいえ、政府が結論を先送りした年末になれば、給付型奨学金に見通しが立つわけではない。対象範囲の線引きが難しく、広げれば数千億円に上る財源が必要となるからだ。菅義偉官房長官は「高校卒業後に働く方もいる一方、大学進学者に返還不要の奨学金を給付することの是非、対象者をどう選定するかといった課題がある」と認めている。
OECD(経済協力開発機構)34カ国中、給付型奨学金がないのは日本とアイスランドだけ。ただ、アイスランドの大学授業料は極めて安い。日本は際立って教育を受けにくい環境にあるが、政府高官の一人は「簡単に進展しない」と漏らし、対象を大幅に絞り込まざるを得ない、との見方を示す。
(吉田啓志・『毎日新聞』編集委員、6月3日号)
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