モンゴル大統領だけがご満悦のASEM――地政学的な要衝を顕示か
2016年8月15日11:04AM
アジアと欧州の51カ国の首脳が参加した第11回目のASEM(アジア欧州会議)首脳会合が7月15、16日の両日、モンゴル・ウランバートルで開かれ、アジア側21カ国、欧州側30カ国の代表が参加。膨張したシリア難民やイギリスのEU(欧州連合)離脱問題、南シナ海問題、さらには頻発するテロ事件など世界的な課題を抱える中で開催された。期間中の15日(日本時間)にはフランスのニースでテロが起きた。ASEMも非難声明を出すには出したが、どちらかと言えば安全保障上の議論よりも、経済的協力関係の強化や再確認に終わった会議となった。
ただ目立ったのは、開催国モンゴルのエルベグドルジ大統領のホストぶりだろう。モンゴルに世界51カ国の首脳や700名を超えるマスコミ関係者一行が集まる初のサミット会議を主催するとあって、わざわざ各国首脳が宿泊する高級住宅やゴルフ場まで作った。
さらにはモンゴル最大の夏の祭典ナーダム特設会場までも作り祭りを見せた。ここで各国首脳を大いに楽しませたことは間違いない。14日にモンゴルに入った安倍晋三首相も各国首脳らとモンゴル舞踊や相撲を見学、弓に興じたり休息を楽しんでいた。
この様子を取材していたモンゴルの現地記者によると「これだけの外国のVIPが集まっただけにモンゴル市内はさすがに規制だらけです。国会議員の選挙も終わりモンゴルが再出発しようというタイミングで開いたのがこのASEM。大統領も上機嫌だった。モンゴルの地政学的長所が各国の人にわかってもらえただろうからそれだけでも成功だったと思う」と感想を語った。
この記者が語ったモンゴルの地政学のことだが、ロシアと中国に挟まれたモンゴルは、北東アジアとヨーロッパを結ぶ交易上の要衝の性格を強めつつある。モンゴルが社会主義から民主化に移行して26年。アメリカやカナダ、そして日本などが民主化に移行して以来援助を続けているが、現在、モンゴル経済を牽引しているのは中国やロシア、韓国である。中国はモンゴルの金鉱山をはじめ資源に巨額を投じているし、ロシアは戦闘機を提供し、韓国は通信と商業施設開発に乗り出している。
ちなみに韓国からは今回のASEM開催用に数十台の観光バスを購入。モンゴル経済との交流を拡大させるためか韓国の朴槿恵大統領だけがASEMの後も数日滞在している。
【日韓の狙いは肩透かし】
ASEM首脳会合で日本の安倍首相はモンゴルのエルベグドルジ大統領、中国の李克強首相、ドイツのメルケル首相ら参加国首脳との短時間の個別会談に臨んでいたが、中国に対しては南シナ海の人工島に対する遺憾の意を語ったとか、拉致問題を含む北朝鮮問題を指摘したとか伝わっているが、その詳細は不明だ。
議長声明の中には「拉致問題を含む北朝鮮に関する人権状況等国際的・地域的に共通の関心と懸念を有する問題について(中略)意見交換。北朝鮮による核・ミサイル開発プログラムを最も強い表現で非難。北朝鮮に対して、関連安保理決議の完全な遵守、六者会合の再開を要求」という1項目が入っているが、この項目を議長声明に盛り込むことを強行に申し入れていたのは韓国と日本だった、とASEM関係者は指摘。しかし、ASEMの一連の会議で、北朝鮮非難の議論が沸騰したという情報はまったくなかった。その理由は、ASEMを主催したモンゴルが北朝鮮と友好関係にあるためだ。
北朝鮮を最も激しく非難する日本の安倍首相と韓国の朴大統領の狙いが肩透かしに見えたのは、なんといっても「北東アジアの平和と繁栄のためには北朝鮮を孤立化させない」というモンゴルのエルベグドルジ大統領の外交方針に起因する。
そのエルベグドルジ大統領をヨーロッパのある代表は「あなたは世界のリーダー」と持ち上げた。今回のASEMは、モンゴルが地政学的な要衝となっていることを示した。
(成田俊一・ジャーナリスト、7月29日号)