豊洲新市場室内から発がん物質ベンゼン検出――震災後の再調査をサボったツケ
2016年9月5日2:42PM
「人体実験という気持ちです」
東京都の築地市場(中央区)で水産仲卸業を営む戸田開太郎さん(48歳)は、移転先の豊洲市場(江東区)で働く心境をこう語った。
都が豊洲市場の室内空気を測定したところ、ベンゼンが最高0・0019mg/立方メートルだったと6月に判明した。これはベンゼンの環境基準0・003mg/立方メートルの約6割だ。
ベンゼンは、微量であってもがんを発生させる可能性が否定できず、これ以下なら安全と言える「閾値」がないとされる。戸田さんらは8月10日、移転延期を求める要請書を小池百合子知事に出した。
豊洲は、東京ガスのガス工場があったので有害物質で汚染されている。都は環境基準を超える汚染物を除去・浄化し、その上に清浄な土を入れるなどの土壌汚染対策工事を行なったはずだが、なぜベンゼンが測定されたのか。
都の中央卸売市場の若林茂樹・
基盤整備担当部長は、筆者の質問に「ベンゼンは自動車の排ガスやタバコにも含まれます。豊洲市場のベンゼン濃度は周辺大気の濃度と大差なく、室内濃度にもそれが出ているだけです」と答えた。
だが、都の発表では周辺の有明や豊洲の道路は最高0・0012mg/立方メートルで、0・0019mg/立方メートルはその1・6倍だから、「大差ない」と言えるのか。
豊洲の土壌汚染問題を追及している一級建築士の水谷和子さんは、「都は豊洲市場の333区画で帯水層の底面調査(土壌汚染調査)をせず(本誌7月22日号で報告)、そこは土壌汚染対策工事もしていないのが原因」と見る。「べンゼンは未調査区画が210区画の青果棟で最高の0・0019mg/立方メートル、70区画の水産仲卸棟は同0・0012mg/立方メートル、53区画の水産卸棟は同0・0006mg/立方メートルとベンゼン濃度は未調査数に対応しています。地下のベンゼンが気化して室内に入ったのでは」と推測する。
東京ガスの元労働者は「青果棟の場所は、ガス工場時代にベンゼンの精製装置があったので濃度が高いのは当然です」と言う。
日本環境学会元会長の畑明郎・元大阪市立大学教授は、測定値が最高の青果棟と最低の水産卸棟では3倍も値が違うことから、「東日本大震災で豊洲が液状化し、地下が攪乱されたのに、震災以前に行なわれた土壌汚染調査に基づき汚染対策工事をしたので的外れになっている」と指摘した。
都の委嘱した専門家は、2011年7月、「(液状化による)噴砂により汚染土壌が移動した可能性は否定できないものの、基本的に垂直方向の動きと考えられ」ると再調査は不要とした。だが、畑氏は「地震では縦揺れ、横揺れ両方起こるので、垂直方向の動きだけとは言えない」と批判する。再調査をサボったツケが回ってきているのではないか。
小池知事は、豊洲移転について「立ち止まって考える」と表明、8月16日には築地と豊洲を視察した。それに先立つ8月12日の定例記者会見で、筆者は移転延期を判断する基準は安全性で良いか、もしそうなら豊洲の安全性について最も厳しい日本環境学会にも意見を聞くべきではと聞いた。
「総合的に判断したい」というのが知事の答えだった。知事は豊洲の室内空気の再測定を指示し、移転延期か否かはリオ五輪から帰国する24日以降に判断するとしている。7月の知事選で公約した通り、判断の過程も「見える化」してもらいたい。
(永尾俊彦・ルポライター、8月26日号)