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「イー、イヒヒヒ」が常套語──カナダ=エスキモー2(本多勝一)

2017年2月14日5:45PM

イスマタ。1963年当時、写真記者の藤木高嶺氏と共に住みこんだエスキモー集落の狩猟リーダー。日常的にユーモアにもゆたかである。ハンターとしての総合点で彼の右に出る者はいない。頑強な体格、精悍な顔つき、豪快な性格。

かぞえてみれば、今年からでは53年前になる1963(昭和38)年の5月18日午後8時すぎだった。私はまだ31歳、北極圏のカナダはメルヴィル半島東岸、北緯68度50分、西経82度10分、気温マイナス18・5度。

北極圏は、すでに夜のない季節にはいっていた。前日から一昼夜つづいた吹雪は夕方からすっかりやんで、大雪原の地平線上に太陽が冷たく輝く。犬と、ソリと、人間の影が、雪の上に長くのびて走る。私を乗せているソリの地元エスキモー(注)たるイケトックが、太陽を指さして言った――「シクリネルック」。

私たちが慣れぬ発音のエスキモー語で話しかけるので、彼は単語を教えようとしていたのだ。復唱してみせると、「イー」(はい)と答えてからその口のまま「イヒヒヒ」と笑った。「イー、イヒヒヒ」は彼らの常套語らしく思われた。――

……北極圏の53年前のあの小集落、全4軒で6家族35人は、その後どうなっていることか。ごく間接的な情報によれば、あの小集落はその後フォックス海(凍結)ぞいのウスアクジュ部落を引きはらい、百数十キロメートルはなれた軍事基地などもある小都市へ移住したようだ。

そんな間接情報の中から数年前、あの小集落の名狩人イスマタの、元気らしい消息も伝えられてきた。(敬称略)

(注)エスキモーという名称は、本来は近隣の先住民族が東シベリアの高緯度地方の民族につけたアダナで、「生肉を食う人」を意味する。正しくは自称「イヌック(複数イニュイ)」で人間のこと。

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

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