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年に一篇ずつ執筆した長編ルポ──カナダ=エスキモー1(本多勝一)

2017年2月14日5:36PM

北極圏の大雪原を黙々と走る犬ゾリ。

前回までで私の「社会部記者」としての立場は終わって編集委員(注)になったため、以後の仕事はほとんどが長編ルポの取材と連載だけであった。結果としてそのような長編、すなわち自分で選んだ長編主題だけを仕事とすることができたのである。

1963年の長編ルポ『カナダ=エスキモー』は、そうした結果でもあった。以後、年に一篇ずつの長編取材が続けられるようになるが、その選択を全く自由にさせてくれたのは、当時の田代喜久雄社会部長(のちに編集局長)である。エスキモーに続く『ニューギニア高地人』(64年)、その翌年の『アラビア遊牧民』。

ただアラビアの頃には、すでにベトナム戦争が世界の焦点となりはじめていた。ジャーナリストの“本業”としては、やはりベトナムこそが焦点であった。特に、当時まだまともには報道されていなかった解放戦線への潜入取材を、私は考えていた。しかしニューギニアの取材と発表がすんだころ、当時の朝日新聞外報部長は私のルポを高く評価するあまり、特に食事の席に招待してまで「もう一篇だけ」と懇願されたので、アラビアを加えざるをえなかった。

かくて65年、アラビアのルポ掲載が終わって後、ようやく66年12月から念願のベトナム取材に出ることができたのである。

(注)編集委員 編集委員制度が作られたこのとき、朝日新聞社編集局では4人の記者が編集局直属のライターとして任命された。そのための「編集委員室」も論説委員室の隣に設けられ、私も編集委員室にはいった。しかし1年か2年たつうちに、編集委員は「定員」がなかったので次第に増加され、ついに満室となってハミ出すに至り、要するに社内人事の御都合主義的人事異動の「場」にされてしまった。結局は編集委員制度自体の崩壊である。

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

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