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「残業月100時間」で上限規制という図々しさ――安倍政権が用意する怖い「抜け穴」
2017年3月2日10:14AM
長時間労働の是正に向けた安倍政権の本気度が問われている。政府は2月14日の働き方改革実現会議で残業時間の上限規制を強化する案を示した。ただ経済界が受け入れられる「抜け穴」も用意する構えだ。また、国会で2年間棚晒しの「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」を創設する法案も同時に進めようとする政府に対し、労働側は「過労死を招きかねず、残業規制と矛盾している」と反発している。3月末に予定する実行計画とりまとめは依然、見通せない。
1日夕、首相官邸であった同実現会議。6回目のこの日は「長時間労働の是正」が議題だった。議長の安倍晋三首相は「罰則つきで残業の限度を何時間とするかを定める必要がある。法改正が不可欠だ」と締めくくり、次回14日に具体案を示すことを明かした。
今の労働基準法は、労働時間を原則1日8時間、週40時間と定める。ただし、労使が同法36条に基づく「36協定」を結んで特別条項を設ければ、従業員を年6カ月まで上限なしに残業させることが可能。同法36条は、労働時間規制を骨抜きにする道具と化している。
従来、経営側は労働時間規制の強化に慎重だった。それが人口減少下、今や労働力確保のため労働時間の短縮は避けられなくなってきている。そこへ電通の女性新入社員の過労自殺が問題化し、企業も対応を迫られるようになった。
【法律で「過労死」にお墨付き?】
そんな空気を読んだ厚生労働省は、36協定の特別条項に「月平均60時間、年720時間」という残業時間の上限を設定する原案をつくった。標準的な会社員なら1日3時間の残業が限度となる。ただ、経営側の「繁忙期には残業が必要」(榊原定征経団連会長)との意向もくみ、年720時間の枠内で一時的な超過は認める意向だ。その一案が、「月100時間または2カ月連続なら平均で月80時間」だ。
とはいえ、「100時間」や「80時間」は過労死の認定基準に使われる水準でもあり、14日の会議では示さなかった。2015年度に脳・心疾患で死亡し、労災認定された人は96人。うち、49人は残業時間が「月80時間以上、100時間未満」だった。民進党の蓮舫代表は「法律で過労死ラインまで働かせてもいいとお墨付きを与える」と切り込み、連合の神津里季生会長も「到底ありえない数字」と批判する。このほか、退社から次の出社までに一定時間の休息を設ける「インターバル規制」を義務化するかどうかでも労使は対立している。
国会で2年にわたって継続審議となっている高度プロフェッショナル制度の動向も、働き方改革の先行きを不透明にしている。専門性が高い職種の年収1075万円以上の人は、働く時間に関係なく成果のみで賃金を決める仕組みで、「自ら働く時間の配分を決められ、効率よく働くことができる」というのが売り。だが、「成果が出るまで際限なく働かされる、残業代ゼロ法案だ」との批判も絶えない。
「長時間労働を増やそうというのか、なくそうというのか、全く不明で支離滅裂だ」
1月23日の衆院本会議で民進党の大串博志政調会長は、残業規制と高プロを両立させようという政府を「矛盾している」と追及した。しかし首相は今国会で「両制度には整合性がある」との答弁を繰り返し、「両方必要」と強調している。
それでも、自民党内ですら「残業規制と高プロの矛盾は明らか」との指摘が出ている。同党や官邸も本音では「同時に進めるのは無理」(自民党厚生族)と考えているという。そうした中、ひとり高プロにこだわっているのが構造改革派の塩崎恭久厚労相だ。
昨年末も、自ら自民党国対筋を回り、成立の必要性を説いたほど。野党から「矛盾」を突かれても、「高プロは健康確保措置を義務づけており、長時間労働にはならない」とはねつけている。
「聞く耳を持たない」とは、塩崎氏の定評。「暴走したら、残業規制に影響するぞ」。自民党幹部はそう言って、顔をしかめた。
(吉田啓志・『毎日新聞』編集委員、2月17日号)
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