達成しても「GDP600兆円」はまやかし(佐々木実)
2017年3月10日2:52PM
「GDP600兆円の達成を明確な目標として掲げたい」。安倍晋三首相がそう宣言したのは、自民党総裁に再任された2015年9月だった。期限についてはその後、東京オリンピックの頃としたので、「2020年度に名目GDP(国内総生産)600兆円の達成」が国是となった。
当初ほとんどのエコノミストが首をかしげた。というのも、14年度のGDPは約490兆円なので毎年3%台の経済成長率が必要となる。長らくGDPが低迷する日本ではこの20年ほど年率3%を達成したことなどない。誰がみても600兆円は無謀な目標設定に映った。
ところが、昨年12月に異変が起きた。突然、GDPがグッと増えたのである。16年12月8日に内閣府が発表した15年度の名目GDPの確報値は532兆2000億円。14年度は前年度比の伸びが5兆円程度なので、「急伸」と表現しても大袈裟ではない。だが、この「急伸」には特殊な事情があった。GDPの算出基準そのものを大幅に変更したのである。
従来の基準だと、15年度のGDPは約500兆円にすぎない。「基準改定」だけで31兆6000億円も跳ね上がった計算になる。この金額がいかに大きいか、「GDP600兆円の達成」のために産業競争力会議が描いた青写真を参照すればわかる。
青写真は、人工知能やロボットなどの第4次産業革命にかかわる分野で20年までに30兆円の市場創出を謳った。安倍政権はこれに匹敵する「経済成長」を「基準改定」だけですでに成し遂げてしまったわけだ。
国民経済計算は約5年に一度、基準が見直される。今回が大きな改定になったのは国際基準に対応するためで、研究開発費などがGDPに算入されることになった。こうした見直し作業は当然、「GDP600兆円」の実現性に影響を及ぼす。『日本経済新聞』は「見えた?GDP600兆円」(1月9日付)という記事で内閣府幹部の本音を「恨み節」として紹介している。
〈改善は大事だがGDPを押し上げるために統計の仕事をしているわけではない〉
安倍首相が「600兆円」を宣言した時とGDPの算出方法が違うのだから、旧基準のもとでの「600兆円」を新基準にそのままあてはめて議論するのはまやかしだ。だが、「基準改定」という奇手による600兆円の達成は現実味を帯びてきた。現在、安倍政権はさらなる大規模な統計の見直しに着手しているからだ。
昨年12月の経済財政諮問会議では、山本幸三行政改革担当大臣が関係閣僚をメンバーとする「統計改革推進会議(仮称)」の設置を提案、「政治主導により改革を推進する必要がある」と断言した。「政治主導」なら安倍首相が国是として掲げる600兆円を達成するためにGDPを跳ね上げることができるかもしれないが、それはゴールラインをこっそり手前に移動するようなものだ。
GDPの算出基準をいくらいじりまわしても、現実の経済実態が変わるわけではない。「ポスト・トゥルース(脱真実)」の時代にあっては、客観的データとされる国民経済計算を読む際も警戒を怠ることはできない。
(ささき みのる・ジャーナリスト、2月24日号)