広島大学で“大人のいじめ”1──業績水増し告発の准教授が“クビ”へ(明石 昇二郎)
2017年3月10日7:03PM
最高学府であるはずの国立大学で今、パワーハラスメント(パワハラ)が罷り通っている。部下の教員をいじめて何ら恥じることのない教授が「教育者」を気取る――。これでは、小学校や中学校、高校で学ぶ子どもたちにも示しがつかない。だが、幹部教員が部下の教員をいじめるパワハラが堂々と行なわれ、何のお咎めもない国立大学が実在する。
少子化の進行や運営交付金の削減により、今や国立大学であっても、生き残りをかけた戦略が求められる時代となった。
文部科学省は「スーパーグローバル大学創成支援」と銘打ち、世界のトップ100大学へのランク入りを目指す国内の大学13校に補助金を出す制度を開始。そのうちの一つに、国立大学法人の広島大学(広大)が選出された。
これを受け同大では「成果主義」が取り入れられ、研究活動の活性化が図られることになった。だが、その裏では業績の改竄や水増しといった不正が罷り通っている。
「成果主義」が招いた業績の水増し不正
今回、業績の改竄や水増し等の不正行為が発覚したのは、広大の原爆放射線医科学研究所(広大原医研)。およそ半世紀前の1961年、原爆の被爆地である広島に、世界的な被爆者医療の研究拠点となるべく設立された由緒ある研究機関だ。
国立大学附置研究所・センターの一つとして「共同利用・共同研究拠点」にも指定され、研究予算も特別に重点配分されている。2011年の東京電力福島第一原発事故の際には多額の国費が投入され、「緊急被ばく医療推進センター」としての役割を担っていた。
広大原医研の活動と業績は、研究所の公式記録である「年報」として毎年、300ページを超す本にまとめられている。関係省庁や関係機関に配布され、国会図書館にも寄贈されてきた。この年報は、さまざまな外部評価や公的研究資金申請時の資料としても活用される、非常に重要なものだ。
写真は14年発行の『広島大学原爆放射線医科学研究所年報55号』の抜粋。この年報は、13年4月から14年3月までの1年間における広大原医研の業績をまとめたもので、広大原医研に所属するH教授の論文リストである。
H教授の手口は、
(1)他年度に発表した論文を、新たに書いたように装って使い回す。
(2)著者の順番を入れ替えて、全く別の論文であるかのように改竄する。
というものだ。
こうした使い回しや改竄によって、さも多数の論文を執筆しているかのように水増ししたうえで、H教授の論文リストはつくられ、そのままチェックされることもなく年報に掲載されていた。
確認したところ、リストにある「英文原著」24本のうち8本が、ルールに従えば次号の年報(56号)に掲載すべき別年度のもので、11本は年報54号の論文リストに掲載済みのものだった。水増しされた分を差し引けば、この年度のH氏の英文原著数は5本程度にまで激減してしまう。つまり、広大原医研の年報は、実際の研究活動や業績を全く反映していないものになっていたのだ。
H教授の不正行為は、広大原医研に所属する研究者がH教授の論文リストに疑問を抱き、その手口を大学当局に通報したことで明らかになっていた。実際、広大原医研年報は改竄が確認された14年発行の55号を最後に作成されておらず、通報を受けた同大年報編集委員会の動揺のほどがうかがえる。
だが、同大当局も広大原医研も、H教授の不正に対して対応せず、H氏の処分はおろか、年報の訂正さえ行なわれていない。
遺伝子組換え実験室で堂々と“違反飲食”
H教授の業績水増しは年報だけではなく、同大の研究者総覧でも発覚している。
研究者総覧は、大学に所属する研究者たちの業績を広く世間に知ってもらうために、大学のデータベースにある研究者の情報を、大学のホームページを通じて公開しているものだ。その内容はもちろん、本人がチェックしたうえで掲載される。
写真は、研究者総覧に掲載されていたH教授の「学術論文」リスト。390本のタイトルが記載されていたが、同一論文が何度も使い回しされ、5回も繰り返し登場する論文まであった。
それが、大学当局への通報があった後の16年12月に確認すると、いきなり145本にまで“激減”していた。これほど大規模な変更が行なわれる場合、通常であれば更新履歴などでその理由を説明するのがインターネット上のマナーであり常識だが、広大の研究者総覧は何ごともなかったかのように“頬かむり”している。(http://seeds.office.hiroshima-u.ac.jp/profile/ja.0fbbc96bc2f4924b520e17560c007669.html)
広大では「成果主義」の号令のもと、研究予算が業績に基づき、傾斜配分されるようになっただけでなく、給与額も業績に基づき、弾き出されるようになった。しかし、その根拠となる「業績」そのものに不正があったとすれば、それは詐欺であり、刑事事件にまで発展する恐れがある。
こうした業績の水増しは、内部告発によって明らかになっていた。告発したのは、広大原医研に勤める研究者・Q准教授である。
Q准教授がH教授の不正に気づくきっかけは、広大原医研内に設置された「遺伝子組換え生物等使用実験室」(P1・P2実験室)における、H教授らの傍若無人な振る舞いだった。
H教授らが同実験室の使用を開始したのは13年5月頃のこと。それ以前の同実験室は、取り立てて問題なく運用されてきた。しかし、H教授らが使うようになってからは、同実験室内での飲食や、同実験室のドアを開け放したままの実験等、プロにあるまじき行為が繰り返し行なわれるようになる。
ところで、「遺伝子組換え生物等使用実験室への飲食物持ち込み」は文科省令と環境省令で禁止されており、広大で作成した「遺伝子組換え生物等使用実験安全講習会」テキストにも、
「実験室で飲食・喫煙・化粧などを行ってはいけません」
と明記されている。「遺伝子組換え生物等使用実験室のドアを開け放したままの実験」に至っては、カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)第12条違反である。見かねたQ准教授が、H教授やその部下に再三注意したにもかかわらず、改められることはなかった。
〈つづく〉
(あかし しょうじろう・ルポライター、1月27日号)
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