袴田事件、検証結果で各紙「誤報」 弁護団が見解「DNA鑑定結果は揺るがず」
2017年7月19日12:28PM
6月上旬の報道を見て、裁判の行方を心配した方も多いだろう。「再審決めた鑑定『信用性ない』」(『朝日新聞』6月6日付夕刊)といった見出しが各紙に躍っていた。
1966年の「袴田事件」で死刑判決が確定した元プロボクサー袴田巖さん(81歳)の再審請求審。東京高裁(大島隆明裁判長)の審理の焦点になっているDNA鑑定手法の検証実験で、検察推薦の鈴木廣一・大阪医科大学教授(法医学)が最終報告書を提出したことを伝える記事である。
検証実験の目的は、静岡地裁で弁護団推薦の鑑定人を務めた本田克也・筑波大学教授(法医学)の「選択的抽出方法」が有効か確認すること。皮脂、汗、唾液などが混じった血痕から血液のDNAだけを取り出す手法だ。本田氏がこれを使って犯行着衣とされてきた「5点の衣類」の血痕を鑑定した結果が新証拠の一つと認められ、再審開始決定の拠り所になった。
これに対し、検察は「本田氏独自の手法で有効性はない」と反論。高裁に検証実験を求め、認められた経緯がある。
6月上旬の新聞各紙は、鈴木氏が最終報告書で「『DNAを検出できなかった』と指摘」し「本田教授の鑑定を否定」(『毎日』6月6日付夕刊)といった書きぶりだ。事実なら再審開始決定の有力な支えが崩れることになりかねない。
だが、決してそうではなかった。
袴田さんの弁護団によると、鈴木氏は最終報告書で、本田氏が血液細胞を集めるために利用した「抗Hレクチン」試薬がDNAを分解すると主張。その点に依拠して、選択的抽出方法が「結果的には不適切な方法論」と結論づけた。
しかし、検証実験ではDNAの検出量が「極端に減少」「アンバランス」などと分析しているものの、対象とした新しい血痕、20年以上前の古い血痕ともに血液のDNA型自体は検出されていた。その際、鈴木氏は判定の最低ラインを、国際標準に従った本田氏よりも厳しい数値に設定し、「検出をあえて難しくしている」という。
弁護団でDNA鑑定を担当する笹森学弁護士は6月29日の記者会見で「本田鑑定を否定できず、その結果は揺るがない、というのが客観的なデータに基づく結論だ」と強調した。鈴木氏の論理に対しては高裁に提出した意見書で「レクチンを使うべきではないとの信念を証明するために実験を行なっているようだが、そのような実験は裁判所に求められたことではないし、その解釈に科学的根拠(実証)もない」と批判した。
【マスコミの責任重い】
最終報告書の提出を受け、東京高裁は同日開いた検察、弁護団との3者協議で、鈴木氏と本田氏の尋問を9月に実施する方針を示した。弁護団は「尋問は不要」としているが、高裁は今後、実施方法を詰める見通しだ。
検察は同日までに鈴木氏の最終報告書についての意見書を提出していない。本田氏の鑑定データをすべて出させるよう高裁に申し立て、別角度の議論を提起して「審理を引き延ばす姿勢」(弁護団)を見せている。
しかし、高裁は「年内に弁護団、検察双方が最終意見書を提出する」との日程も示唆したといい、今年度中にも再審開始の可否を判断する可能性が出てきた。
それにしても、なぜ各紙そろって「誤報」になったのか。
弁護団によると、6月6日夕刊の記事が報じられた段階で、最終報告書は弁護団にはもちろん裁判所にも届いていなかった。このため「鈴木氏周辺が情報源ではないか」と推測しており、本田鑑定を貶めるための「印象操作だった」との見方も出ている。
そうであっても、死刑をめぐる裁判で、おそらくは報告書の中身も確認しないまま一方の当事者の話だけを鵜呑みにして記事にしたマスコミの責任はきわめて重い。
弁護団の小川秀世事務局長は6月29日の会見で「重大な事案でいい加減な報道はしないでほしい」と語気を強めた。袴田さんが死刑判決を受けた背景には「異常な犯人視報道があった」と指摘されていることを忘れてはならない。
(小石勝朗・ジャーナリスト、7月7日号)